雑記
2000年3月分
20000316(木)
そうして本番は明日。
一時は体調を崩してなにやかやと困った状況になったが、もはや本番は間近。
なんとか回復。
食事はとらずほとんどのエネルギーをエレンタールで補う。
それでも、7以上あったCRPはとりあえず沈静化。
一気に緩解導入を狙う。
読書も少々。
「キリスト教史」はしばらくお休み。
グインサーガを2冊ほど。
戯曲を3編。
現在は「書物としての新約聖書」(田川健三、勁草書房)を少しずつ読んでいる。
「ぐぅ」に関してはとりあえず体力勝負。
肉体的・精神的スタミナがまずはスタート地点というところか。
そしてお客さんひとりひとりに「何か」を。
20000305(日)
というか、土曜の深夜。
しこしこと事務作業を行う。
非常に貧乏な私は最近、真面目にエレンタールを飲んでいる。
なにせ最大月2000円。
前まではタダだったのだ。
難病になっておくものだ。
つまり、食うには困らないということか、ある意味。
仕事探しは停滞中。
ここ数日、平田オリザの戯曲を読んだり、山口綾子「BABYいびつ」(漫画)を読んだり、谷川俊太郎を読んだり。
ただしここ数日1日の読書時間は30分以下。
アウトプットな生活をしている時は、インプットへの欲求も大きい。
20000301(水)
なんとはなしに曜日の感覚がない今日この頃。
その間に引っ越し先は決まり、大学を辞めることに決め、仕事を探しにかかる。
「君が代」とか「日の丸」の一日でもあった。
「日の丸」とは何か、「君が代」とは何かということが明確にされないままに「議論」という名の取引は終了し、国を象徴する国旗・国歌が「制定」されてしまったという観があの議論にはあったし、今でも違和感を抱いている。
それは憲法改定論議についても同様だ。
憲法にのっとらない事をし始めた人たちを継ぐ人たちが、憲法を変えろと言っている。
どこか順番がおかしな国、ニッポン。
決め事がおかしいならば決め事を変更する議論をすればよい。
その議論には議論の素材となる物事をはっきりさせていけばよい。
立場によって見方は異なるであろう。
そこに議論が生まれる。
何かその当たり前のことがゆがんでいるような気がする。
だから、納得がいかないのだ。
現実と理想は違う。
理想的な社会はあり得ないということを我々は人生を歩んでいく中で知ってしまう。
しかし、理想がなければ、目指すものがなければ何も生み出せないし、前にも進めない。
そういう素朴なところなのだ、きっと。