雑記

2000年4月分


20000418(火)

27年と6日たった。
体動かず。
漏電の気配。
どうにもこうにも。
今日は朝から無理矢理動かしてみる。
なんとなく全体がぎこちなく始まった。
いつ止まるとも知らぬぎこちなさなのだが、それでも少しずつ春の予感。
そういえば、どうにも春先は調子が悪いのかも知れない。
これも季節の変わり目。
なにかをしよう。
なにかをしなければ。
という意識と、動かない頭と体。
無理をすれば壊れる。
だが、動かないではいられない。
うむ、これは中古ロボットの宿命か。
全面的な整備が要求されているのかも知れない。


20000412(水)

というわけで27年間過ごしたことになる。
記念に「詩のボクシング」を聴いてみる。
谷川俊太郎という詩人のパンクぶりを改めて感じる。
平明にしてパンク。
そういう意味ではねじめさんは俗にして平明の人なのかも知れない。
あ、ほめ言葉。
映像として観てみたいと思った。
平明の中にいかに難解を組み込んでいくか。
それが食える詩人なのかもしれない。
だから日本語は難しい。
というよりも改めて谷川さんの声に素敵なものを感じたのであった。


20000408(土)

引っ越し荷物片付かず。
それに輪をかけるように肉体的にも精神的もやられる。
復帰をかけて本日、再始動。
結局は一つずつクリアするしかないのはいつものこと。
あわてず急いでひとつずつ。
そうしてゆっくりと立ち上がるのみ。
ラジオも劇団も生活もその他諸々なんとかどうにか。
それにしても水曜日から木曜日にかけては本当に最悪の状況ではあった。
頭痛、めまい、鼻水、発熱。
これで腹痛がなかったのが不幸中の幸いというか珍しいことかも知れない。
病院生活にもある意味では復帰が必要である。

20000402(日)

物質世界の引っ越しは一応終了。
様々な物が、しかし、我が家にはあふれている。
引っ越しは消費だとするたびに思うゆえんである。
様々なことを考えながらも、それらは全て忘却の彼方へ運ばれていってしまったかのようだ。
頭の中で駆けめぐったことを定着させるのが文字であると同時に、文字にした途端、何かを失ってしまうのである。
狭いながらも楽しい我が家。
そうなるためにもまずはゴミを捨てに行くことから始めよう。
本が以前の3分の2くらいになったことでとりあえずは本棚におさまることになった。
もう少しは増殖の可能性ができたということか。
久しぶりに、アシモフを読み始める。
「ファウンデーションと地球」
だらだらと読んだり、読まなかったり。
部屋の整理のお供である。