L/W 雑記
20000610(土)
午後からカチャカチャと作業をする。
有珠山に関する情報を一通り読む。
これは弟へ。
どんよりと重い疲労感。
体調はボチボチ。
悪くはない。けれども、良くもない。
しかし、この体調はここ数日のこもりの結果だ。
休んでいればカラダは楽になる。
無茶もせず、ムリもしないでいる生活のリズムだとか、活動を考え直す必要がある。
そうなのだ。
結局は1万5000分の1。
なんだか身近な病気のような気がするのは当人だからで、やはり珍しいのだ。
外にいるとき、この病気の輪郭線は曖昧だ。
ぼんやりと、意識の片隅にわだかまっている。
しかし、病院という場所では彼が、彼こそがアイデンティティである。
僕とこの病気の関係は「闘病」というコトバでは言い表せない関係だ。
少なくとも僕は「闘病」していない。
どちらかというと、口約束だけの契約関係のようだ。
それを外的乃至は内的な要因によって思い出すかどうかという問題なのである。
この機会だ。
しばらくはしつこく病気を考えてみよう。
20000609(金)
なんだろう。
運動会とか遠足とかの前の日のような雰囲気であったのであろう。
よく眠れなかった。
ショックとか、落ち込んでいるとかいうのとは少し違う。
少なくとも病気で入院ということに対しては、むしろ本人の方が平静である。
別荘にしては殺風景だし、味気はないし、楽しみもないし、自由もない。
何もないあの時間を、いかに有効にというか有意義に過ごすかということをうつらうつら考えているうちに外は明るくなっている。
読書も少々。
半年に一度くらいは「クマグスのミナカテラ」を読んでいるような気がする。
とりたてて大好きな本というわけでもないのに(漫画だが)、ふと読んでしまう。
おそらくは未完であるということのせいなのであろう。
少しばかり身辺を整理してラジオへ。
本日はいつになくお客様が多く、賑やかな放送であった。
引き継ぐべき事、データ化しておくことが結構あることに気付く。
なかなかに入院までゆっくり休んでもいられない。
だが、ここ数日こもって何もしてないせいで、痛みは和らいでいる。
CEPもおそらくは1.0代であろう。
もしかすると1.0以下かもしれない。
以外と早い段階で大腸カメラ挿入のような気もしてきた。
あるいは、外に出たせいかもしれない。
朗読のCDをいただく。
聞いてみるとなかなかに面白い。
なぁるほど、この人はこう読んでいるのか、とかとか。
収録の時は他の方の収録を聞けなかったので、かえってその風景を想像してみたり。
IBDのMLを見てみたら未読のメールが2000通を超えていた。
まだ、メールでは2000年になっていない。
20000608(木)
入院決定。
前回の爆発から3ヶ月。
さすがに今回は難しかったようだ。
事実上のドクター・ストップのような形。
1万5000分の1であることの再確認。
そうか、そうだよな。
前回の入院から2年。
だがこれは検査のための入院である。
その前の本格的なのは肛門周囲膿瘍の手術の時か。
それだと2年と3ヶ月。
割ともったのかもしれない。
回帰線と教文フェスにはお詫びのメール。
飯店にも出演は困難。
今後のことを温水と少々話す。
でも、ラジオは続けようと確認。
外出はできるだろう。
どんよりというよりも脱力という感じ。
入院に先駆けて準備やら引継やらをしなければ。
月曜日午前中。
暇をみてはここも更新できることが望ましい。
少なくとも6月一杯は病院の人であろうけど。
腸を落ち着かせ、カメラを入れて、結果はそれからだ。
まさかのIVHと小腸バリウムだけは避けたい。
CRPの値からいってIVHはないだろうけど、小腸バリウムはあやしいかも。
3月の時も、いや以前からも小腸病変の可能性は限りなくあるわけだし、
カメラはそこまで入っていってないからな。
4時間点滴は確実か。
腹痛+微熱は続行中。
下血は鮮血ゆえ、大腸小腸からの出血ではないだろう。
おそらく、いつものアレだ。
真っ赤なトイレは時としてグロテスクで美しい。
そして、病気が輪郭線を露わにするとき、限りなく食欲が湧く。
あと10年たてば、という話もあるけれど。
それまで、チョッキンされないように守りに守る。
これが鉄則。
20000606(火)
周期としては3ヶ月おきらしい。
ここ数日の腹痛ラッシュ。
少し気を抜いていたせいか。
「おなかがいたい」というのとはワケが違う。
確実にIOIBDスコアをクリアしていくのみである。
腹痛+微熱+下血+CRP上昇(ほぼ確実であろう)
回復はゆるゆると、悪化は急に。
ふと気付くとうめいているのがこの病気のいやなところだ。
明日くらいからは何とか動くことくらいは出来るであろう。
いやいや、兆候はあるのだからその時点で全力で抑えていけばいいだけの話なのである。
ここいら辺の見極めと、ちょっとした辛抱がポイントなのである。
そんなわけで本日の飯店稽古はお休み。
そのスキに、そしてそれは腹痛の合間なのだが、少しばかりあがいてみる。
不思議なくらいにのどが渇く。
渇きをいやすか、それとも通過の痛みを味わうか。
まだ、今晩くらいはこの二者択一に思いを馳せるのである。
20000601(木)
ネズミをくわえたネコを見る。
プログラムというコトバを思う。
何度も挑戦しては挫折している坂口安吾に再挑戦を始めてみようかと思う。
ちくま文庫全18巻読破。
今回は18巻目から逆走してみるか。
たいてい、こういう試みは成功しない。
キリスト教史は3巻で止まっている。
まぁ、気長にやるさ。
飯店の稽古。
作る場としての空気をいかに醸し出していくのか。
それは作り手たちの緊張感であり、究極を求める精神力・集中力である。
一人ではダメなのだ。
一人一人が発していかなければ。
珠玉の舞台を作るのは演出家ではない。
それはただひたすらに前に向かってゆく作り手たち一人一人である。
演出は上手に交通整理が出来るように心がければよい。
技術でもなく、経験ではない。
この姿勢は誰もが持つことの出きるものだ。
そして、柔らかく軽やかに。
今日から大学祭。
もう、4・5年は行っていない。
かなり不真面目なOBである。
実行委員長から6年がたつ。
いまさらそんな肩書きもないのだが。
何とはなしに、足が向かないのは、まだ一人でいる時間にこもりたいからなのかもしれない。
こもって何をするわけでもないのだけど。