L/W 雑記
20001128(火)
飯店会議。
会議と言うよりもダラダラと話しながら。
お休み前の確認など。
活動再開は2001年11月1日。
1年間、何をするか。
何かは蓄積されてくるはず。
第2期満天飯店へ向けて、料理人は修行の旅へ。
「お、いいじゃん」ということになっていそうな気がするから、とりあえず、その気持ちをそのままに自分は何をするのかを考えてみたり。
まずは、靴を買うところから始めよう。
20001127(月)
バイトを2つする。
久しぶりにデスクトップやらフォルダー関係やらの整理をする。
今、我が家のパソコンのデスクトップにはキタノがいる。
なかなかいい背中をしていると思う。
惚れやしないんだけど。
一気にいろいろいじったせいかちょいとばかり調子ワルし。
そのうち新しいクセも覚えてくることだろう。
最近、でもないけど、でも、最近、地下鉄で携帯電話の電磁波のことがアナウンスされるようになった。
そうやってわずかながらではあるけれど、物事が変わっていく様を目の当たりにしている。
私と宇宙の関係を考え出すととてつもなくワケの分からないことになってしまう。
少しずつ慎重に考えを積み重ねないといけないのと、同時に何か瞬間的なひらめきも必要になってくるだろう。
まだまだ修行が必要なのだ。
明日は飯店会議。
98年9月1日からこの11月までの満天飯店を第1期満天飯店とするならば、明日の会議は第2期満天飯店の行く末を理想形を見据えながら語る場になるはずだ。
……なんてね。青臭いこととか夢とか時々は喋ってみたくなるのさ。何かの確認のために。
20001126(日)
腹痛の波は消えるも、嫌な感覚は続く。
爆発寸前で待機しているような状態。
ここからが本当の勝負となる。
いかに淡々と生活出来るかということ。
難しいようで簡単なことなのだろうけど。
飯店関係の清算がようやく終わりそうだ。
あとは、いろいろな皆様にいろいろなお返しをしたり何だり。
今月中には公演活動休止への準備が出来るといいと思う。
そして、きっと、ここからが勝負。
失せもの見つかる。
復調をいいことに少しばかりワーカホリックになってみる。
時々、ワーカホリック。
矛盾しているけど、きっと、クローン人間じゃなかったら、常時ワーカホリックになっていたような気がする。
少し違うか。
スケジュールが詰まっていないことへの不安感というか。
やりたいことはいくらでもあると言えば多少は前向きな書き方になるのかな。
そんなもどかしい日々。
20001125(土)
芝居が終わっても何も落ち着かず、バタバたしているかに見せて、実は体調は確実に下り坂であったのだった。少しずつ、公演時の緊張感が抜けて体が正直になりだした。この状況で落ち着いた状態を維持できるかが大切だ。
……というわけで昨日、一昨日と激しい腹痛に見舞われ、身動きの出来ない状態に。
本当に何もできない。動くと痛いという最悪の状況。おかしなことにそれでも自分の体の状況がどうなっているのかある程度理解していると落ち着くもので、ひたすらに黙って耐えることにする。病院に行くのはその後でも充分だ、薬のあるうちは。こういう状態で病院に行っても、せいぜいが鎮痛剤をもらえるだけ。それ以外にしようがないというのも事実である。
少なくとも、そこまでは自分の体を理解できるようになったということか。
いよいよもってダメになったら、救急車しかない。
そういう意味では0か1かの二者択一である。
とにもかくにも我慢我慢の2日間なのであった。
芝居が終わっての通過儀礼のようなもの。逆に言うと、コレを計算して芝居に望まなければならないということ。いい加減わかりましょう、自分ということなのですよ。
今日になってようやく痛みが治まりつつあるものの波の幅が大きくなっているだけ。
きちんきちんと痛みはやってくる。
それでも徐々に治まるのは薬のおかげ。
西洋医学バンザイである。
いろいろなことがたまってきているので、焦る気持ちもあるのだけど、ここでまた同じ事を繰り返すことほど愚かなことはないので、少なくとも無理はしないことにして、しかしながら継続的に作業をすることにする。
異様に作業効率は悪いのだが、きっともっと上手にする方法はあるはずだ。
そんな感じ。
最近、失せものが多すぎる。読みかけの本が見つからない。結構、面白いのに。
どうも、聖書とか、キリストとか、クムランとか、死海文書とか、そういうのを目にするとつい手に取ってしまう傾向があるようだ。
まぁ、ある意味で自分探しの旅。ふむ。
20001110(金)
初日。
公演当日に役者ではなく演出であるという立場になったのは満天飯店を始めてから。
いまだにどう過ごしたらいいのか分からない。
役者であればいろいろとする事はある。
暇かと言われるときっとそうなんだろうけど、暇だから別のことをするとかいう余裕がない。
いんにゃ、言い訳だな。
今日は休もう。
明日に向かって。
20001109(木)
起きると体中が痛く、なおかつ起きるはずの時間を大幅に過ぎている。
屈辱的敗退から一日はスタートした。
本日はゲネプロ。
明日から本番。
そういう日。
日中、別の打ち合わせをして、その後、舞台をうろつく。
世界を引き受けるということ。
それを考えながらゲネプロを観る。
観る人間はその場で世界の立ち上がりに参加する。
それが演劇の面白いところだ。
そこに一つの世界がある。
何を見せるのかではない。
いかにそこにあるのかが問題なのだ。
明日、本番。
20001108(水)
劇場入り。
雑事を済ませ、遅れて入る。
着々と作業は進む。
初日までどこまでこの作品を高め、なおかつ最終日を迎えることが出来るのか。
理想は一部のスキのないものであるけれども、一方で微妙にスキがないと面白いものにならないような気もしている。
このスキは論理では組み立てられないような何かだ。
それは演出をしているときよりも役者で舞台に立っているときの方が強く感じる。
おそらく役者の可能性はこのスキにある。
演出は論理的に完全な作品を目指す。
役者はそのスキをぬって世界を「埋める」。
とにもかくにも劇場入り。
早く本番を迎えたい気持ちと、もう少し待てくれよという気持ちとがない交ぜになる時間。
明日、そして明後日。
本番まで僕に出来ることを考えるしかない。きっと、瞬発力だと思う。
20001107(火)
明日から劇場入り。
ということは今晩はよく眠れないはず。
なぜか劇場入りの前日は眠れない。
いつでも、どういう立場であっても、こればかりはあまり変わらない。
いろいろなことが頭の中をかけめぐってしまうのも仕方のないことではある。
良くても悪くても、朝にならなければ何も始まらないのだけど。
ま、気分転換がヘタクソなだけだったりはする。
でもなにげに努力はしてみよう。
いろいろとやるべきこともあるだろうし。
20001105(日)
体調が悪い。
確実なる腹痛と微熱。
結局、稽古後に予定されていた会議は休ませてもらうことにする。
家では何かしらの作業をするような状態でもないので、本を読む。
読書な時間。久しぶりの感覚。
……そうでもないか。
ここしばらくずっと調子がよくないせいか本を読む時間がある。
というよりも他の作業などをするような肉体的な余裕がないから仕方なしに本を読んでいるだけなのだけど。
それでも、インプットのための読書ではなく、読むための読書は久しぶりかも知れない。
基本的には活字中毒なのだと思う。
そして意識していないかも知れないが、意外と稽古中毒であるかもしれない。
例えば、公演が終わってしばらく稽古がないとか、極端に少ないペースである等というとき、微妙に肉体を持て余す感覚に襲われるときがある。
それほど、スタミナやら体力に自信があるわけでもないのに、稽古がないとあまり身体を動かさないというのも問題かも知れないけど、稽古のない時期の私はひたすらに動かない傾向にあるようだ。
ともかく、調子は悪い。しばらくゆっくりと横になっていたせいで少しは回復の傾向。
明日までには、なんとかどうにか動ける状態にはなるだろう。
さすがに痛い止めを使っての稽古はやめにしたいものだし。
20001104(土)
しまった。スターゲイトが深夜にやっているではないか。
これで土曜日の夜の楽しみが出来てしまった。
なんだかいろいろと忙しく、結局、明日以降に向けて準備したかったものが準備できなかった。
明日は稽古のあとに会議が一本。
それに向けたペーパーが何もできていない。
けれども時間は深く、明日は午前中から稽古。
うーむ、まいった。
稽古は進む。
本番の直前までまだまだ手を入れていく必要があるが、いい芝居になる要素は少しずつだけど見えてきている。こうなると時間との競争だ。
体調はそれほどよくはない。
相変わらず、少し無理をすると途端に体が反応する。
なかなかに面倒くさい体だ。それでもマジメに薬を飲んでいる分、腹痛はかろうじて抑えられている。
こういう病気になるとインフォームド・コンセントとか薬の内容とか副作用が気になる。
必然的に長期にわたっての薬の服用になるし、自分の体が今、それから今後どうなるのかが気になる。病気自体の原因は未だに分からないが、少なくとも調子が悪くなるときの条件は何となく分かるようになってきた。
患者は「何がどうなってるの?」ではいけないのだ。分からなければ医者に質問すればよい。それに医師が明確に答えないようであれば、医師をかえるもやむなし。相性というのもあるし。
人によるかもしれないが、僕は「私に任せなさい。素人は口出しするな」タイプの医師は苦手だし、あまり信用する気にもならない。
分からないことを分からないといい、危険なことを危険だと言える人、言う人の方がかえって安心する。
特に長期に渉って「お付き合い」を必要とする病気であればなおさらだ。
そういう意味では僕は幸運であったようだ。
比較的早い段階で今の主治医にたどり着いた。偶然ではあったが、ラッキーであった。
かなり的確な診断であったし、そういう意味ではクローン病に対するカンが鋭かったのかもしれない。
手術だけは避けなければと思いつつ、時々悪さをしたり、やる気をなくしてしまったり、逆に無理をしてしまう。まずは、健康管理。
わかっちゃいるけど、やめられない。痛い目に遭わないとね。その時はもう、遅いんだけど。
20001103(金)
結局、本日の観劇計画2本ともキャンセル。
体調がよくないわけではないが、なんというかそういうテンションではなかった。
予約やら予告やらしたのに申し訳なし。
どうにかしたいが、どうにもならないかもしれないとも思うことがある。
なんとかしたいが、時間がないとか。
負け犬な気分にもなるがどこかに突破口はあるはず。
じっくりと見定めることだろう。
久しぶりにゲーム機のスイッチを入れてみたり、普段は観ないヴァラエティ番組を観たり、なにかの形で気分の転換を図ってみようとしてみる。
あまり効果はないが、少なくとも時間が過ぎるのだけが分かる。
本番が近付くにつれて次の稽古までの時間つぶしが演出の仕事みたいに感じるときがある。
勿論、生活上の活動や、その他の活動はしているのだが、主眼は時間つぶしだ。
じっと次の獲物を待ちかまえるのである。
20001102(木)
じいっとひそんでみた。
それが日中の私。
よこたわりながらいろいろなことをおもいだすようにする。
それこそ、重箱の隅をつつくかのように。
そして、ゆっくりとお茶を飲み、腹部の嫌な感じを確認する。
この嫌な感覚はうまくコトバにすることが出来ない。
言葉に出来ないことは山のようにある。
言葉にした途端、言葉にされなかったものが現れる。
いたちごっこ。
昨日のあの後は孤独について考えた。
なかなかに面白い。
人混みの中にいるときの孤独も悪くはないと思う。
そして、こうして一人でパソコンに向かっているときの孤独も。
安吾の「孤独を抱きしめる」という言葉が少しだけわかるような気になる。
多分、こういうことかな、という程度なのだけど。
それでちょっと笑ってみたりもする。
そうすると私はアブナイ人になる。
羊の安吾氏もちょっと変わった人だ。
なぜかあのおじさんが好きだ。
僕の中での愛すべきキャラクターである。
演出が登場人物のえこひいきをするのはどうかとも思うけど、安吾氏にはかなり惹かれるものがある。
ナナフサにもオコゾにもヘンゼルにもグレーテルにも、ましてやジャッカリンにもなれないかもしれないけど、安吾氏には近付けそうな気がする。
なりたくはないけど、多分。
安吾氏は積極的傍観者だ。けれども、現実を生きる僕にはその立場はそれほど魅力的に感じられない。そうでありたいと思うこともあるし、あったけど、今は違う。
少しでもいい。
明日の稽古がよきものでありますように。
今日はそう祈ることにする。
私は神の存在を否定もしないし、肯定もしない。
そもそも神はそのような二価値論では語れないような何かなのである。
神を思うとき、そこに神はいる。
20001101(水)
24世紀問題はとりあえず解決したようだ。
次は「太陽は東から昇る」問題。略して「太陽」問題。
困ったときは対話篇。
さすがに、それを展開するには深い時間。
ぼんやりと考え事をしたり、調べたりしているうちに、やるべきことの半分も終わらず、気付くと深い時間。気を付けろ。新聞が来るぞ。朝日は玄関から来る。
明日は稽古はお休み。この時期に休むのは演出としてはつらいけど、他のメンツは宣伝活動。
それもまた大切。焦る気持ちはあるけれど、ここは稽古場の次の数時間に思いを馳せつつ、力を蓄えるしかない。
仮眠をとって病院へ行こう。点滴とともに夢を見ることにする。
ただ、問題は保険証が見つからないということだ。特定疾患の受給者証はいつものところにあるけれど、おかしいな……
項目を立てて順番に考えることも必要だけど、ゆるやかに対話を展開し、そこからヒントを得ることも必要だ。息詰まると対話篇を書いてみるのだけど、案外、「あ、そうか」と気付く。気付くというよりも、腹がすわるという方が正しいのかも知れない。大したモンだよ、ギリシャ人。
アリストテレスはすごいけど、プラトンは偉い。そこら辺だ。
哲学の仕事は「何が問題となっているか」を明らかにすることだ。
難しいな。