L/W 雑記
2001年2月28日(水)
生きてはいたのだけど。
昨日一昨日と劇場にお泊まり。
頑張れば家に帰れたのだけど、それも面倒なので。
忙しいような、そうでもないような。
あしびなーの人たちはとても気持ちが良かった。
最北の男沖縄に人々に出会う。
でも、酒を飲むのはやっぱり好きだし。
もらった古酒はうまかったし。
とりあえず、しばらくは小屋付き修行中。
本当は2年くらい修行できるといいのだけど、ともかくも促成栽培で。
そんなわけで、今日は音響のお勉強。
明日も音響。
それで、自主的な努力を。
あさってからは照明の勉強。
まずは、飲んで、寝るくらい。
3日ぶりの家。
その間、寒くなかったので、まだ、ましか。
水道管の破裂は微妙に心配しつつ。
今週は病院に行けないかも知れない。
主治医には1週間に1回の約束をしたのだけど。
とにもかくにも、ねるべ。
2001年2月24日(土)
元気にやっているような、そうでもないような。
布団にもぐる前に一言でも書いて寝ておこう。
睡眠時間は約3時間の予定。
明日は明日とてZOOオープン。
とにもかくにもオープン。
さてはてそれと同時に昼間の世界にも復帰しないことにはどうしようもない。
あとは、両者のかねあいだ。
しばらく落ち着くまで、少しずつ無理をしないように。
とにもかくにも働くということ。
2001年2月23日(金)
寝る時間は惜しいのだけど。
そして必要なのだけど。
もう一つ必要なのは何も生産をしないような時間。
一人でいるとか複数でいるとかはあまり関係がなくて、生産をしないような時間。
それでも、最近になって一人の時間がやはり必要なのだとも思うのだし、
一方で異常に人恋しい。
どっちでもあり、どっちでもない。
こればかりはどういう表現が適切なのかは分からない。
いつの間にか1週間が終わろうとしてまたしても怒濤の週末。
ここずっと怒濤ではない週末はないのだけどさ。
そういう意味ではまぁ、いつも通りの週末。
息抜きが必要なのではなくて。
今していることとは全く関係なく発散することが必要なのかも知れない。
どっちも同じか。
とにもかくにもややお腹に不安を覚えつつ、怒濤の週末へ向けて夜更かしをしてしまう始末。
最近、聖書を開いていない。
入院中とかは読破を試みたけど、これもなかなかできない。
信仰の問題と分析の頭と暇つぶしな体のバランスが良くないのかも知れない。
ときどき適当に開いたページにうーんとうなってしまうことはあって、それはそれで面白いのだけど。
なんか、そこはかとなくしんどい時の方がしんどいな。
2001年2月22日(木)
今日は予定通りに体を休める日にした。
日中は何もしない。
外にでもない。
冬眠中のヘビのようにうずくまっている。
休めるというよりも停電するという表現の方が適切なのかも知れない。
生産をせず、消費もしない。
夕方くらいからのそのそと動き出す。
そんな一日。
外界恐怖症のしょっぱな症状でもあるような気がしつつ、もうすぐ3月4月。
春にでもなれば少しはどうにかなるかも知れない。
外に出ること、人に会うこと。
そうして自分の生活の芯のようなものを保つこと。
明日はそこそこ動き回り。
午前中はZOOにて作業。夕方、新さっぽろに出かけ、夜には遊戯祭精算会。
反省点も多いし、もっとこうすれば良かったという思いもあるけれど、今は無感覚。
つまりは活動をするための自分自身としての生活上の基盤の問題なのかも知れない。
どうもそこがあやふやなままなので、上の方での活動もグラグラしてしまう。
一点集中が必要なのだろう。
疲労だけが蓄積されてくる。
ハレとケの境界線が曖昧なまま。
打破しなくちゃ。
2001年2月21日(水)
つるつると滑りながら歩いている人々。
そうか、今日はそんなに滑るのか。
意外としっかりと歩いているんだなと少し驚く。
一方、テレビを観て、泣く。
不安定なのは変わりがない。
昨日は祈りを考えた。
今日は人の思いを考える。
それでも、周囲は動いている。
動いているのは私なのではない。
世界が動いている。
私にとっては世界との関わりよりも、「私」と「あなた」の関わりの方がより近しいものだ。
「私」と「あなた」の関係から世界が動き始める。
昨日、今日とZOOの色塗りをしていた。
着々としかし、ちょっと悶々と工事は進む。
劇場がスタジオが少しずつ姿を現してきている。
毎日少しずつ新しい劇場、新しいスタジオが出来ている。
結構、いいじゃん。
いろいろと大変なのは大変なのだけど、マリアショック、コンカリショックを少しでも和らげ新しい発信地点になるといいなというのは、これから小屋に関わる人間として思うこと。
しかし、どこか、無機質な心境なのは相変わらず。
そうそう変わるものでもないけど、やはり、そうかと呟いてしまうのも致し方なし、か。
2001年2月20日(火)
「あなた」と「私」という関係性。
これが私を喜ばせ悲しませ怒らせ安らかにせしめる。
コトバ。
コトバにこだわり、それゆえにコトバに振り回され、コトバに疲弊し、それでもコトバに頼る。
「あなた」のコトバはそれゆえに大きな力を持っている。
「あなた」の意志とは別に、ほんのささいなコトバが「私」から様々な状態を引き出す。
コトバが発せられないのもまたコトバなり。
そんなことを思いながら、深夜のNHKを観る。
祈りとは「あなた」と「私」の関係性だ。
「私」は「あなた」を通して世界とつながる。
コソボの紛争に心を痛めるのは、私とコソボとの関係からではなく、「私」と「あなた」の関係があるからだ。
ただそこにあるだけの現実に立ち向かう勇気がないのは分かっている、いや、分かってきた。
それでも。
コトバを詰まらせながら、タバコを吸う。
基本的には理神論な人だと思うし、不可知論な人だとも思うのだけど、きっと本当はそうではないのだろう。
2001年2月19日(月)
大腸内視鏡終了。
久しぶりの内視鏡であったこともあり緊張する。
緊張するとカメラの進みが難しくなる。
そして中断。
中断の理由は緊張ではなく、新たな狭窄部分を発見したから。
以前に出来た箇所は小腸の出口付近の部位であり、今回の検査の目的はそこまで到達して狭窄部分の確認をするというものであった。
が、そこに行く前のみぞおちの少し右下のあたりで狭窄を発見。
カメラの通過ができないことから直径は10ミリ程度であろうと予測されるが、カメラでは正確な大きさは分からない。
便が通常通るためには直径10ミリが必要とのこと。
ということは、それよりも狭窄が強くなったらアウトということになる。
なおかつ、もともとの狭窄部分の確認は出来なかったからそちらの状況は分からない。
つまりは通院で対応できるぎりぎりということになる。
これ以上悪くなったら外科的な方法(手術)を考えざるを得ない。
主治医は強制はしない。
必要なデータを的確に僕に与えるだけだ。
曰く「緩解期から3年間の再入院率はかなり高いんですよ」
曰く「1年間続けてエレンタールのみで行くと狭窄が広がったという報告があるんですよ」
曰く「2ヶ月後にバリウムの検査をして狭窄部分の幅を確認しましょう」
曰く「週に1回は血液検査をした方が正確なデータが出ます」
などなど。
結論は「適当に怠けること」。
微妙だなぁ、それ。
とか思いつつ、適度に怠け、マジメに通院し、原則絶食と、そんなところだ。
可能性はある。
でもなぁ、とも思う。
この病気との付き合いは月単位、年単位だから、話は長くなる。
頑張るしかないんだけど、頑張ってもよくないところの見極めがあるのだと思うし。
とりあえずはほっと胸をなでおろしつつ、これからの計画は少し変更しないといけないのかもしれないな。
どういう結果であれ、やっぱし凹むことは凹むよなぁ。
うーん。
新しい狭窄部分はくっきりと潰瘍の痕があり、その潰瘍の治るときのひきつれの結果としての狭窄であることも明らかであった。
一時期の強烈な痛みはこの急性腸炎のせいだったということだ。
わずかであるが、出血も確認できた。
他の部分の腸壁はかなりきれいで、血管もきれいに浮き出ている。
それが狭窄部分になると何かが大きく崩壊した跡のような風景が展開する。
2001年2月18日(日)
土日はワークショップ。
僕は事務所でアンケートの集計。
ようやく粗いデータは作成したけど、もう少し作業は残っている。
そして、明日は内視鏡。
その結果いかんで、これからしばらくの僕の予定は狂ってくる。
今日はひたすらにヒャックリに苦しめられている。
ときどき治まったり、思い出したかのように現れたり。
家に戻ってきてからも、ひょっこり復活した。
タバコを吸うとはじめってしまうので、
これは仕方はない。
タバコを吸わないでいるしかないのだ。
以前、3日ほどひゃっくりが続いた時があった。
さすがにこの時は焦って病院へ行こうと思ったくらいだった。
それがあるタイミングでふと消えた。
だまされてはいけないのだ、彼はかなりの詐欺師だ。
警戒しつつ僕は静かに寝る子を起こさないようにしながら、息をしてみる。
「彼」は去ったようだ。
3日間で僕の体重は減っていた。
部屋に戻る途中。
隣の隣の隣の隣の部屋で、女の人が大声で泣いていた。
部屋に明かりもつけず、ただただ大声で泣いていた。
彼女は泣いている。
僕はヒャックリが止まらなくて困っている。
そんなときはちょっと息を止めて、ちょっと我慢してみる。
2001年2月16日(金)
体調は悪くはないと思う。
しかし、とにかく体がだるい。
これは怠けているせいではなく、ある程度マジメに病人生活をしているとそうなるのだ。
薬のせいもあるし、食事を制限しているせいもある。
動きたいし、気持ちは焦るけど、それでもどうにもならない。
特に起きてから3時間はどうしようもない。
睡眠時間とは関係なく、そうだ。
精神的には低い地点で波打っている感じ。
基本的にはあいかわらず超低空飛行。
一人でいるのは危険な感じがして、人がいるところにいるようにする。
喫茶店で本を読むとか、その程度なのだけど。
だからといって、集中して人に会うのもしんどいのかもしれない。
なにもしないでよくて、なにも考えないでいいような人といるのがきっと健康上良いのだと思う。
それは、例えば家族だったりするのだけど。
トンネルから抜け出せない。
2001年2月14日(水)
病院。
CRPは0.8。
思っていたよりも低い。
ぎりぎりだけど、まぁ、大丈夫レベル。
レントゲンからも大きな変化は見られない。
ガスが少々たまり気味という感じ。
触診でもよく分からない。
結局、中を直接見る必要が出てきて、来週の月曜日には大腸の内視鏡。
久しぶりのニフレック、そう、2リットルの下剤である。
これを1時間から2時間で飲みきる。
この下剤は大腸で吸収されることがないので、そのまま大腸内を洗浄して出てくるわけだ。
で、きれいなったところで、大腸カメラを挿入すると。
ただ、どのみち狭窄部までしか到達することは出来ないであろう。
狭窄部を通り抜けることはできないだろうから。
これは前回入院時のバリウム写真で証明済み。
とりあえず狭窄部まで突き進み、どんなもんかを覗いてみるということ。
前回入院時にはカメラをやらなかったけど、今回はせざるを得ない状況となった。
そこで、内部の状況を覗いてみて、結果が出てくる。
自分でも大腸の中を見ることが出来るので、リアルタイムで自分の状況を把握することが出来る。
結果をみて、それからどうするか、だな。
前回入院時とそれほど変わらない状況だと、現状維持、狭くなっていたらちょっとコトだろう。
とりあえず、そんな感じで、月曜日までは執行猶予。
自宅療養がベストだけど、今週末には遊戯祭ワークショップ。
明日にはアトリエ運営委員会。
明後日は劇場を考える会の執行部会がある。
無理をしている場合でもないけど、万一の可能性を考えるとむしろ、きちんと引き継いでおく必要を感じる。
仕事は内視鏡の結果が出るまで保留。
だもんだから、日中は少し休むことが出来る。
でも、我が部屋は寒い。
あまり家にいたくないのだけど、まぁ、部屋の掃除でもしているか。
だもんで、執行猶予&体調やや回復で、少し悪さをして、固形物を食べる。
人に会っている方が、やはり、まだましだと思う。
2001年2月13日(火)
とりあえず、様子を見ておくことにする。
固形物は一切拒否し、さらには食事も500kcalにとどめる。
ほとんど「冬眠」をしているような状態で、きっと、だまっていたらそのままねむっていられたのだろうけど、それもちょっと危機感ありで、少しは起きていようとする。
お茶を少し。
それ以外は口にしていないけど、タバコを一本。
そうでなくてもクラクラな頭がさらにクラクラに。
とにもかくにも明日は主治医。
食べ物の番組を観て凹む。
そういえば前回入院時はテレビなしだった。
別にテレビ禁止でもなくて、単純に本を読んでいたかったし、ペンで書きたかったからだ。
勿論、医者にかかる前から入院を決めてかかるのはどうかとも思うが、むしろ、入院して狭窄部の様子を知りたいのは僕の方だ。
不安に対する自己防衛としての睡眠かもしれない。
寝てりゃ意識もないし、不安感にさいなまれることもない。
ゲームをする意欲もなく、本を読むエネルギーもない。
こりゃ、相当にやられている。
まいった。
それでも、少しは心の平静を保とうと音楽を聴く。
それでぼーっとする。
Aプロの事後的な作業もあるし、今週末はワークショップもあるのだけど、今はちょっとそれどころではない。
落としていた水を開く。
さすがにトイレは使うもんな。
微熱はあり。
腹痛(胃)少々、小波と凪。
大腸狭窄部の嫌な感じは微妙に。
きっと固形物を入れるとこれが騒ぎ出す。
やれやれ。
そうだった、僕は病人なのだ。
原因は分からない。
でも、これをしてはいけないという規則はある。
これは理不尽なルールを押しつけられているのと同じような状態だ。
メカニズムが分かって、こうすれば良くなるとか回復するとか直るとかの保証があれば、そこが目標になる。
逆に、適当に寄り道も可能だ。
でも、禁止事項のみが支配するこの病気ではストレスがたまるだけのような気がする。
仕方がないので、自分を病気に会わせるしかできないのだ。
それがどうもダメだ。
なんでやねんということなんだけど。
こんなんばっかりだな。
2001年2月12日(月)
損な性格だと思うときがある。
自分がよく評価されても素直に喜べない。
嫌みな性格かも知れないけど、素直ではないのだと思う。
それはまた自分がしていることに対する自分自身への確信がないからかもしれない。
きっと道は見えているのにどうしても迷ってしまう、自信のなさ。
それはそうと、またみんなに迷惑をかけてしまった。
朝起きると胃痛はいつものことだけど、大腸狭窄部の様子がどうもおかしい。
痛みもそうだけど、むしろ何とも言えない「狭い」感覚があって、怖くて寝返りの一つも打つのに決意を要するくらい。
覚悟が必要だ。
そう思い、お金の準備をして、家の水抜きを徹底的にして、14時頃コンカリへ向かう。
病院は当然お休みで、主治医もお休みなので、病院へ行くことを断念する。
しばらく、完全絶飲食にして、様子をうかがいつつ、しかし遊戯祭のことも気になりつつ。
夕方くらいには小康状態。
消化器官の活動はあまりなく、嫌な感じもごまかせる程度。
エンシュアを飲んで少しでもカロリーを補給しようとする。
フィナーレ、交流会と一応は出席。
フラフラの状態でバラシ時には事務所待機。
午前2時頃に終了して、タクシーにて帰宅。
一人で部屋にいる不安感にさいなまれつつ、ウェブに接続。
人といると痛みも半減する。
一人でいると精神が研ぎ澄まされるというか、逃げ場がないから余計に痛みとか嫌な感覚が気になってしまう。
痛みのつらさよりも、狭窄部分の手術に対する恐怖感であり、また、芝居が出来なくなるかも知れない、仕事ができないかもしれないという現実的な問題。
それはそれで、消化器官へのプレッシャーとなってしまう。
循環公式。
いちいち凹んでしまうのも悔しいのだけど、どうしようもない。
精神的にも不安定だ。
まいったまいった。
いつになったら本格的に浮上できるのだろうか。
2001年2月11日(日)
本番終了と同時に脱力感。
この感覚はしばらくは稽古がないという感覚だ、きっと。
少し酔って飲み足りないくらいがちょうどいい。
明日はエンドレスバラシ。
忙殺はされていても、どこか、つまり、ちょっと。
ま、そういうこと。
寝る。
起きる。
シャワーを浴びて慌ててコンカリへ。
それが明日の予定。
調子は良くないし、今日は今日とて直腸付近に嫌な感じ。
そして、鮮血な感じ。
ま、そんなもんさ。
2001年2月10日(土)
実は胃痛だけではない様子だったのだ。
つまり大腸狭窄部の違和感。
胃痛と大腸の違和感。
痛覚よりも恐怖感。
気になって、触りつつ、痛みといろいろでうなる。
そんな夜を過ごして遊戯祭初日。
終了。
つつがなくかどうかは自信がない。
現場から隔絶された事務所で、来る人に状況を聞いている状態。
そうしながらアンケートの集計をしたり、細々と作業をしたり。
肉体的には楽なのだけど、精神的なストレスがたまる。
計画ではなんとかなるとは思うのだけど、実際の状況が分からない。
それでも、心配をしたり不安だったりするわけでもなく、全然大丈夫だろうと思っているのだけど。
ただ、自分がそこにいないという焦りのようなものなのかもしれない。
難しいな、なかなかに、なかなかに。
昨年は参加しているだけであった。
今年は参加者でもあるけど、それ以前に企画サイドでもある。
この関係性は特には思わないけど、これだけの企画をうまくやっていくということ。
ある意味では単純な作業なのだけど、まぁ、度胸とか、そういう問題なのか?
思い切りということかもしれないけど。
じりじりとは近付いているような気がする。
でも、こういうもんはえいやの一歩なのだろう。
さてはて。
明日は自分の本番、そして遊戯祭は2日目。
ここぞ一発である。
こういうときはやはり気合いなんだよな。
そして、慎重さでもある。
しゅう。
2001年2月9日(金)
いろいろうろうろいろいろうろうろいろいろうろうろ。
なんとかどうにかしかしやはりそうかうんこまったりよしとうなづいたり。
それはそうと。
実は胃の調子が悪いのではないかと思う。
最近、寝起きが非常に良くて、それでも時間のあるときは寝てしまうのだけど。
この最初の寝起きは実は痛みで目が覚めていることに今朝気が付いた。
その後寝ているのは痛くて充分に睡眠をとれずに疲れていたためであったということにも気が付いた。
つまりは、その前は痛くてよく眠れていなかっただけの話なのだ。
何か変な感じだと思っていたけど、きっと、そうだ。
今までにあまりなかったことだけど、きっとアドレナリン効果だろうか。
微妙な緊張感がそうさせていたのか。
うーん。
それはさておき、明日から遊戯祭。
むぎゅう。
2001年2月8日(木)
すっかり、本日7日だと思いこんでいろいろ予定を立てていたのがすべておしゃか。
そりゃそうだ。
微妙に微妙に。
日照時間のせいなのかもしれないけど、ダウン傾向の兆候。
せっかくのアップ傾向が小波段階で下がりつつ、しかし、同時にアップ傾向もあり、それに付き合うだけでも疲れてしまう。
他者への興味は薄いのだと思う。
僕は小説は書けないなと思うのはそこのところかもしれない。
常に思いは自己に戻ってくる。
明後日には遊戯祭開催。
第1回の舞台塾の時は何かしらの感慨があった。
正直なところ、それは劇作家大会への感慨だ。
あのときはエネルギーを受け取ったけど、今はエネルギーを発散するときなのだ。
それが充分に出来ていない自分自身への苛立ちはある。
一方で役者としての自分への不満もある。
でも、その日その日なのだとも思う。
相変わらず、何も結論を出すわけでもなく自分のことを書いてしまう自分自身への嫌気もある。
でも、それを認めている自分もいる。
こりゃどうしようもない循環論理。
だから、いいのだ。
明日は明日。
何かが大きく変わるかも知れないし、やっぱり同じかも知れない。
それは寝て起きてから考えればいいだけのこと。
とはいえ小心者は考えてしまうのだ。
考えるという人間の習慣は小心者から始まった。
であるならば、大いなる決意と覚悟をもって考えるくらいの度胸も欲しいところだ。
強靱な小心者。
それはそれで馬鹿げていて面白い。
でもって、今日もアルコールでごまかす。
2001年2月7日(水)
怒濤の遊戯祭へ向けて本日は小休止。
明日以降は気の抜けない毎日になるだろうし。
とか、思いつつ、一人で酒を飲む。
むしろ飯を食うがメインで、酒はなめる程度。
最近ずっと「AVALON」のサントラを聴いている。
エンドレスでずっと流れている。
時々そういうCDに巡り会う。
ひたすらにかけておくようなCD。
体にしみ込ませるためにかけているようなCD。
満足のいく演技が出来ないのは、そこに集中していないからかもしれない。
いや、集中しようとしているけど、その集中しようとする行為が、本来の集中力をそいでいるような気がするのだ。
自分の中の塩梅がもう少しで分かりそうな気がするのだけど。
久しぶりに小説らしい小説を読んだような気がする。
他の作品はまだ読んだことがないから、なんとも言えないけど。
へぇ、いいじゃん、と思ったら直木賞を受賞していた。
他の文庫も古本屋であさってみようかと思いつつ、今は何故か精子に関するエッセイを読んでいる。
部屋には未読の本がどこかにあるのだけど、見つからない。
本棚にならんでいるけど、未読の本だったりもする。
時間があったら読みたいのは、
ミル・プラトー>再挑戦
論理哲学論考>ちゃんと通して精読する
哲学探究>これも精読したい
と思想・哲学関係ばかりか。
久しぶりにフーコーも読みたい。
性の歴史あたりが面白いとは思っているけど。
エンジンかかれば哲学関係の本も面白いのだけど、今はどーも。
文庫なら気軽に持ち運べるけど、ハードカバーとなるとちょっと重い。
どうでなくても僕のカバンは破裂寸前だし。
ファスナーも怪しいし。
キリスト教史も再開したい。
うーん。
大学辞めて後の方が学問への気持ちが働くというのも皮肉な話だ。
一人で飲む時間はそれなりに優しい。
負け惜しみか?
2001年2月6日(火)
ネットにはつなげないのだけど、雑記は更新しておこう。
つなげないのはサーバのせいではなく、単純に電話料金を払っていないため。
1月の電話料金は払ったのだけど、12月分は払っていなかったのだ。
それだけのこと。
稽古が終わり、飲みに行く。
結局、そのコースで帰ってきたのが午前2時半近く。
気持ちよく小説を読んでみる。
とぎれとぎれに読んでいるのだけど、それでも読めるそういう小説。
久しぶりにそういう作家に出会ったのだなぁと思うとちょっと嬉しかったり。
明日は少し体を休めてみようかとも思いつつ、午前中から動く必要に迫られていたのであった。
ま、いいか。
遊戯祭Aプロの終わるまではそんな感じ。
当日まではひたすら運営のためのシステムを固め、当日になると電話番をしながら本番に備える。
そんな感じ。
明日の稽古は稽古として、少しだけ遅くなるかもしれない。
雪祭り遊戯祭PRはなんとか終了。
至れり尽くせりで、なんだか申し訳ない気分になる。
それに応えるのでもなく、しかし、何もできない感じに少し凹む。
外に向かうことの難しさと、己の小ささを実感する。
けれど、そこに向かっていかないことにはどうしようもないのだ。
2001年2月5日(月)
本日も明日に帰宅。
ストーブのスイッチを入れ、パソコンを立ち上げ、いつものサイトをぐるっとまわり、コートを脱ぎ、雑記を書き始める。
タグを使えないので、こんな簡単なホームページでもソフトを使って書いている。
作業は次から次へとやってくるけど、どうにかなんとか。
一つずつ片付けていくしかない。
明日は昼頃、雪祭りの会場にて遊戯祭のPR、その後、ちょいと軽くネゴシエーションあり、コンカリへ行き事務作業を片付け、稽古場へ。
ぼんやりと考え事をしている暇はないと思う。
ここまできたらひたすらに進むだけ。
当日は何も動けないのだからそれまでに準備を万端にしておこう。
そういう意味では僕の仕事は遊戯祭前日までである。
後は役者としての本番か。
今はそこに照準を合わせて動くのみ、動くのみ。
忘れ物のCDは無事回収。
今日はプレイヤーの調子が良いようで安心して聴いている。
雪祭り会場に行くまでに一つ書類を作ってしまおう。
ところで。
流れの中にいて分からなくなってしまうことが、ふと分かるときがある。
それで気付いてうーん、どうだろうと思う。
なるほど、そうかもしれないけど、でも、今はこうなのだという現状把握。
どうにかやっていくしかないのだから、どうにかしましょうということなんだけど。
そんな話。
チームで動く。
結局はそういうこと。
ゆっくりとうまいものを食い、楽しい話をして、酒を飲みたい。
優しい時間もあってもいい。
2001年2月4日(日)
まぁ、寒いのだからクールダウンも何もないのだけど、精神的には家に帰って少しのクールダウンは必要なのです。
だもんで、かじかむ手をだましながら雑記を書き始める。
今日も今日のうちに帰れない悲しみ。
きっと明日もそうだろうと思うのだけど、一体何日今日のうちに帰っていないのだろうか。
まぁ、先週末は確かにダウンも甚だしかったけど、それをのぞくとその日のうちに帰ったためしのない今日この頃。
早く上がれば上がったで、ほんの少しの時間でも酒を飲んで家に帰ろうという魂胆が芽生えてしまうのも愛嬌。
酒場に着くとすでに次の日になっているのだから、家に帰ってもやはり次の日なのだ。
今日出来ることはだいたい出来たように思う。
昼過ぎからコンカリ事務所へ行き、ひたすらにパソコンに向き合う。
いくつか懸案だった資料を作成し、作業を進める。
残りは明日にするしかないだろう。
明日はゲネプロはないものの、実行委員・事務局・ボランティアの全体ミーティング。
きっと今回の遊戯祭01最初で最後の大会議っつーか総決起集会。
それまでにもう少し準備しておくものを用意することにする。
さて、一方では劇場でゲネプロが進んでいる今日だったのだが、さすがに作業の進捗を考えると「のぞき見」することもできずじまい。
本番は事務所留守居役なので、身動きとれず。
差し入れその他大歓迎。
コンカリへ向かう前にCDを購入。
最近のCD運はなかなかよい。
今日も良い買い物ができた。
で、嬉しくなってコンカリでかけていたら、すっかりもって帰るのを忘れてショックを受ける。
バンドネオンと映画のサントラ。
まぁ、なくなるわけでもないので、明日を楽しみにしていよう。
……明日も、その日のうちに帰れないことは必至なのだけど。
健康ならいざ知らず、けっこうボロボロは変わりなく、よくもっているとも思う。
アドレナリンはあなどれない。
終わって気が抜けすぎないように用心用心。
もう一方のCDも決して黙っているわけでもなく、じんわりと自己主張を繰り返してはいるのだから。
ダウンしている暇もないのだけど、ここから眠りに入るまでの間はやはりダウン。
もうちょっとなんだけどな。
書き足りなかったようだ。
アップしてしばらくしてもまだ、何かかちゃかちゃやっていたいという欲望は尽きることがなく。
誰にも見せることのない日記をかちゃかちゃやってもどこか興ざめて。
発信することを考えてもいないのに、発信先が自分しかいないと思うと、あまり、どうにも。
大したことは書いていなくて、ここよりもさらに程度が低い。
同じ事を何度も何度も書いては、確認している。
鏡を見つめながら「オレは出来るぞ」と呟いているに等しい。
もう一つはひたすらにかちゃかちゃやっていたいという単純な欲望に起因しているのかもしれない。
何も考えないでただキーボードを打つことに専念する。
それだけがもしかすると楽しいのかも知れない。
じわりと、回復を感じることもあれば、やっぱダメかいということもあり、この大波小波の大津波にもまれている1月から2月にかけて。
そうも言っていられないので、少しはましな航海法を見つけだそうとこれはちょっと冷静に。
そうこうしてばたばたしていつの間にか凪になっていたり、港についていたり、宝物を発見したり、海賊と闘ったり、きっといろいろいろいろ。
そうやって時間が過ぎて流れて気が付くと最初にいたところから別の場所へ移っている。
先のことはともかく、今は今なのだけど、そこらはぎゅっと力を込めて、かつ力を抜きつつ。
この塩梅がどうにもこうにもなのだ。
気が付くとレコード屋はCD SHOPになっている。
途中カセット屋は存在しなかったのか、これは一つの疑問。
街の中の孤独感と、一人の部屋の孤独感、似ているようで似ていないようで。
でも、充実した孤独感はどちらも同じものなのかも知れないとも思う。
「街はふるさと」か。
孤独を思うときは坂口安吾を思い出す。
次の入院は芥川に挑戦するか、それとももう少し学問系の本を読むか。
まとめて読書が出来るのが入院のいいところ。
好きなテレビを見られなかったり、勝手に出歩けないのが困ったところ。
読書をしたいなら病院へ。
充実した読書ライフを楽しむことができるでしょう。
3食昼寝付き、ついでに不眠もついている。
前回の入院中、どうしても眠れないことが多かった。
薬をもらうこともできるのだけど、それもあまり好ましくないので、しかたがなく、病棟の待合い室でぼんやりタバコをふかしてみたり、窓に向かってマイムの稽古をしてみたり。
看護婦さんも見回りに来ないし、時々救急車の音が聞こえたり。
ふと、気が付くとお仲間がいたり。
誰もいなかったり。
そういうときの孤独感は、街を歩いているときの孤独感に似ているような気がする。
どこかが違うのだけど、何か充足しているような気分。
けっして楽しかったり、幸せな気持ちにはならないけど、おかしなことに、充たされている。
いいんだか、わるいんだか、ま、呟いてみるしかないさ。
ただ、入院中の不眠は非常にお腹がすくことを除けば。
まぁ、しばらくは入院の予定もないので、まとまった読書の計画は断念することにしよう。
うんうん。
2001年2月3日(土)
だってしょうがないじゃない。
結論はいつも変わらないのだから仕方がないのです。
だから、そのままで酒をあおってみるのです。
時に強くなってみたり、やっぱりだめだったり。
どっちかというとだめなことが多いのですけど。
だめだめだけど、それでも無理矢理。
無理矢理で一日を封鎖して、明日へとつなぐ。
何も変わらないことはわかっているのだけど、もしかしたらと希望してみる。
頑張るしかないのよ。
結論はいつも同じ。
状況は変わらない。
一人でプロレス放送を片目に雑記を書いている。
やっぱりダメです。
どうしようもないです。
でも、大丈夫なような気もしているので、明日もやってみます。
2001年2月2日(金)
何か勝手が違うと思ったら日付の表記の仕方が違っていたのだ。
ま、それだけの話。
復調しているようなそうでもないような。
よくわからない。
動き出すまでに時間がかかるし、いやーな感じはないわけではない。
でも、まぁ、動くことは出来る、かろうじて。
この時点でどれくらい無理をするかがポイントで、これは自分でもまだ分からない。
今日は稽古の後、コンカリへ行くが結局何もせず。
予定していたミーティングは明日に移行。
アップしたりダウンしたり、相変わらず落ち着きがない。
今日は少しずつダウンしたり、という感じ。
肉体的にも精神的にも自分自身の見極めが難しいところではある。
が、とりあえずは、双方ともにどうにか復調傾向とするのが多分、正しい。
明日は午後から活動をするとして、午前中は少し休むことにしよう。
「フーコーの振り子」をようやく読み終わる。
ちょっと時間をかけすぎた。
本当はもっと短い時間で少し根を詰めて読んでしまいたかったのだけど。
次はちょっと、重松清に寄り道して、精子の話にでも手を出してみるか。
もうちょっと感は相変わらずだけど、これはもしかするとここ2年くらいの感じかもしれない。
そういう意味では最近の平均的状態にまでは回復しているということでもある。
ここから少しは抜け出したいとは思うので、そのようにしようと思う。
2001年2月1日(木)
やっぱ、少し疲れたりすると、しんどい時だってあるさ。
そりゃ仕方がない。
でも、まぁ、明日がある。
明日こそはとは思わないように。
ただ、明日がある。
今日ではなくて、何も結果の出ていない明日がある。
さて、今日から遊戯祭ゲネプロスタート。
午前中は仕事をしようと朝はきっちり起きているけど、どうも午前中はよくない。
以前、同じ病室に入院していたおじさんがやっぱりクローン病で胃瘻だったけど、午前中はやはりどうにもつらいらしい。僕より年下のY君もそうだった。
今日は調整ということで休ませてもらい、明日にかける。
そういえばY君は入院中にベッドの上で彼女とワッフル食ってたなぁ、と思い出し、ちょっとうらやましい気分になってみた。
それは引きずりつつもさておき。
そんなこんなでゲネ2本を観る。
考えてみると僕は事務室待機が本番の主な仕事になるので、ほとんど芝居を観ることは出来ないわけだ。ゲネがチャンス。でも、稽古も勿論。
明日は稽古、明後日は自分のゲネ。
なかなかにバイオリズムの調整が難しい。
などと言っている場合でもなく、実行あるのみ。
我が家の周辺では2台目の車が埋まりつつある。
あの車も確実に春まで冬眠だろう。
いいのかなぁ、と思いつつ。
僕の自転車も、そこら辺のバイクも埋もれていく。
なんか、ちょっとうらやましい。
そんなわけで、今日はうらやましい日だったりもするのだった。
……2月だな。
節分があったり、雪祭りがあったり、バレンタインがあったり、めくるめく間に本番があって、いろいろあって、どこかで楽になれるといいのにと思う。
もうちょっとか、もうちょっとか。