L/W 雑記


2001年5月31日(木)

のほほんとしているつもりはないけど、気が付いたらのほほんと5月も終わろうとしている。
時間が経つのが早いのか遅いのか。
そして、その間の時間に自分は何を残せたのか。
月末になるとお金も決済、気持ちも決済。
終わったことはそれまでで、明日があるさ、なんて元気にも唄っていられない。
まぁ、しかし、それでも、きっと、時間は、結構、真っ直ぐ。
な、感じ、が、するのは、実は、現在に対しても、未来に対しても、ではなくて。
むしろ、過去を観るからだ。
真っ直ぐ進んでいるように思うのは「過去」を観るからだ。
現在の時間は真っ直ぐでもないし、未来にいたってはあっちにいったりこっちにきたり。
過去を観るとき、自分の行動の点と点を結ぶ。
そうすると、線になる。
私の線とあなたの線と。
こうして、過去は幾何学模様で語られる。
ところが、過去にまさに存在している私は点と線では語らない。
もっと、ぐんにょりしていて、広がっていて、じめじめしていて、あつぼったくて、ふわっとしていて、ばしっとあって。
時間は常に私の後についてくる。
それも絶妙な間合いでついてくるから、つい、うっかり、私と並んでいるんじゃないかと勘違いしてしまうくらいに。
けれども、時間は影ではない、鏡でもない。
それは私の模造に過ぎない。
模造はちょっとだけ間がある。
雨の日、自転車に乗りながら。
風は西から吹いている。
ちょっとだけ、顔を東に向ける。
不器用なので傘を差しながら自転車には乗れない。
そもそも、私は傘を持たない。
主義主張ではなくて、買わないし、持たないのだ。
稚内に住んでいたせいかもしれないけど、雨や雪は空から降ってこない。
雨も雪も地面と平行に流れている。
時には地面からわき出てくる。
まぁ、貧弱なので風にあおられてしまうのが嫌だということもあり。
しめっているので、時間は緩慢だ。


2001年5月30日(水)

昨日は一日何もしないで過ごすことに決めたので、本当に何もしなかった。
……のは、空しいのでビデオを2本。
どちらも正義を巡るアメリカンなやつ。
啓蒙主義ってここではちゃんと生きてるっていつも思う。
スタートレックなんかは啓蒙主義思想の塊みたいなもんだし、理性万歳って叫んでる感じだし。
そういうものを観つつ、バランスをとるのです。
それにしても最近は、宇宙を救えだの、人類を守るだの、そういうのばかり観ているなぁと。
部屋の片づけは見事に停滞。だけど、ちょっと進展。つまり、本棚を90度移動。
これで見晴らしは良くなった変わりに、あれもこれも片付けないとと課題はまさにリアルに山積み。
そして1つ片付けるために5つ散らかす始末。
宇宙は勝手に大きくなって勝手に縮んでいくらしいけど、僕の部屋はそうではないらしい。
法則無視。
そんなこんなの反動か、今日は訪問客の多い一日だった。
ついでに留守電も18件。
お願いだから、何か一言入れて下さい。
でもって、うちは製麺所でも保険屋さんでもありません。
カツゼツの悪さが原因かなぁ。
「はい、扇谷記念スタジオです」って言ってるのに、「ええと、生蕎麦10に、なんちゃら5つ」なんて言われても「ごめんなさい。うちは蕎麦屋じゃないんです」って答えるしかない。
にしても、間違い電話多すぎないか?ここの職場の番号。
分かりやすい番号だからかな。
551-0909(午後一、億劫億劫)。
今日はこれから稽古。
明日も夜は稽古。
いよいよ、らしくなってきた。
夏だ。


2001年5月28日(月)

今日はペンキ塗りをしようと思いつつ、事務所入り。
なにやかやと事務作業をしているうちに時間が過ぎて、いつの間にやら稽古に出発する時間。
その慌ただしさの中、雑記を書く。
天気は良かったし、暖かかったし、今年初のアイスコーヒーを飲んだけど、地下は寒い。
人がいないと寒い。
きっと、夏も寒いんだろうなぁ、と。
結局、昨日は部屋の片づけも進まず、むしろ荒らしつつ、就寝。
そんなわけで、一歩後退状態から今晩は作業を再開。
そうなんだよな、毎日それなりに生息はしているんだから、毎日の汚れる分にプラスして部屋を片付けないといけないんだ。
なんて、子供でも分かることにようやく気付くていたらく。
とにかく片付けるのが苦手なのですよ。
で、まずはその前に稽古に向かうのだ。
明日こそペンキ塗り。


2001年5月27日(日)

1日中、地下にいるのはやはりどうにもこれはよろしくない。
時間も天気も分からない状況で、ある程度の健全さをキープするというのは難しくて、何も用事がなくても外に出ないことには、駄目なようだ。
外の空気、太陽の光、人がいるということ、生活があるということ。
それら全てが、この地下室ではシャットダウンされている。
久しぶりに飯店のホームページを更新した。
次なるターゲットは遊戯祭のホームページ更新だ。
こちらもこちらで微妙に動きがあるので。
「そんなものは作り手がやることじゃないだろう」という意見もきっとあると思う。
それも一理あり、納得。
でも、「作り手もやらなければならないだろう」とも思うのだ。
作り手は作ることで社会と接点を持つ。
それはその通りだし、作り手の責任とはその点に尽きるとも思う。
一方で、それは理想形であり、必ずしも現実はそこに即していないのだ。
そこは誰かが埋めていかくなてはならないでしょう、と。
勿論、それが自分である必要性はどこにもないけど、自分ではない必要性もまた同じようにどこにもないのだ。
ただ、それだけの話なのかもしれない。
もう少し、仕事をして、原稿を書いて、寄り道しないで部屋に戻り、また少しずつ自由の領域を拡大する努力をしてみようかと思う。


2001年5月26日(土)

どうも調子がよろしくない。
いろいろにおいて。
パソコンの調子もよろしくないというか、これはソフト上での問題だと思うけど。
エクセルとワードのフリーズ率は高いし、日本語ソフトが機能しなくなるときがあるし、まぁいろいろな相性だのヴァージョンだのの、問題かも知れないし、そろそろうちのCPUがおっつかなくなってきているせいなのかもしれない。
新しいパソコンが欲しいけど、先立つものはなし。
今の物をだましだまし愛しつつ、次を見据えないといけない今日この頃。
何せ、職場でも使っているので、こいつが動かなくなると痛手も大きいのだ。
アップなのかダウンなのかは自分次第なのだけど、今日は限りなくダウンな日中で、事務所に行かなかったりするていたらく。
夕方からコンカリーニョで偉人舞台の受付の手伝いをして、さすがに多少とも仕事をしないといけないとか、原稿を頼まれたりとかで、事務所に戻る。
今日はお泊まりしてしまおう。
家に戻るとまた、ぶり返すかも知れないので。


2001年5月25日(金)

どうかと聞かれたら、「いや、それほどでもなくて」なんて答えるような、そういう宙ぶらりん。
さて、昨日からオギスタには再びの防音工事が入っている。
追加工事なのだけど、ついでに他の部分もちょこちょこと手直し。
僕も今日はコンクリートとペンキに戯れることになる。
ヘタクソなペンキ屋さんなので、もう、あちこち、ペンキがついて悲惨な状況。
……の中、雑記を書く。
イライラしたり、腹立たしかったり、切なかったり、ちょっと冷静だったり、一瞬平静だったり、波は小さいけれど、それでもいちいち付き合ってられないくらいコロコロ心情が動いてもらっても、困るのだ。
それでも、微妙にアップテンポになりつつあるような、もしくは無理をしているのかも知れないけど、それもそれ。
転がらなかったり、変化しない状況の中では、ヘタに動くこともできないし、今目の前にあることをとりあえず、何とかするしかない。
変えたいという意志はある。
でも、変わらないだろうという確信のようなものもある。
それでも、変わるかも知れないという可能性を信じてみたくもある。
いやいや、もう少し、大人になりなさい、という声もまた聞こえてくる。
そうやっているうちに、一日が終わって、眠れなかったり、酔っぱらったり、うろうろしたり、読書をしたりする。
頑張るためのエネルギーがないわけではない。
でも、どう頑張るかの方向性が見えない。
見えないことはないのだけど、それは頑張るとかいうよりも、我慢マラソンに近いものがある。
「待つのには慣れているさ」なんて、うそぶきつつも、あと半分の面積のペンキ塗りをこのまま続けるかどうかを考える。
思考が停滞しているのかもしれない。
そういうことか?


2001年5月23日(水)

何が嫌かって、そりゃあ、うんこ。
昼過ぎに来てみたらオギスタ階段に明らかにホモサピアンスのものと思えるうんこが、ぽよんと佇んでいるではないか!
それだけで一日のやる気を削ぐには充分の存在感。
なんだかなぁ。
来る人来る人にうんこの話をされて、重い腰を上げ、処分したんだけど、やめてほしいよなぁ、うんこ。
確かに夜になって明かりも消えたら暗闇さ。
だからといって、文明社会に生きている自己存在を否定してもいいものだろうか。
いやいや、猫だって自分のトイレくらい把握できるというのにも関わらず、人間がいかに自然から離れて自分勝手に生きているかの証のような、うんこ。
悪いけど、僕はあんたを許さない。
うんこのには罪はないけど、あんたには罪がある。
この不快感、この虚脱感、この無力感。
あんたのせいで、僕の一日は見事に台無しにされ、解放に向かいつつある僕の精神はたったその存在だけで、がたがたさ。
それは僕の弱さでもあるけど、しかし、なんだろうなぁ。
マナーってもんじゃないかな。
そういう意味では外で吐くという行為も僕は好きではない。
恥を知るべきだし、それを酔っ払いの権利であるかのように、勲章であるかのように語るのはよして欲しいとも思うのだ。
だったら、飲むな。
うんこごときでこれほどまでに憤っている僕も僕でかなーり小さいんだけどさ、なんだろうな、酔っぱらうことを一つのあり方として受け入れてしまう社会って全然大人じゃないやい!……なんて、思ってみたりもするのさ。
まぁ、人のことは言えないけどね。
お酒はほどほどに、そしてパブリックという意識を持って生活しましょう。
ということで、今日もなんだか、かんだか、どうだか、こうにか。
いろいろあるんだけど、それも気が付くと時間の流れの中に乗っかってしまって。
東京からワハハ本舗の制作の人が来た。
9月の梅垣さんのライブの打ち合わせ。
おみやげも貰って有頂天な自分も、また今日の自分。
微妙に体調は悪いままだ。
ワークショップ、今日もお休み、ごめんなさい。
少し怠けて生きることにします。
読書にいそしんでみることにするか。


2001年5月22日(火)

昨日は「毛皮のマリー」を観てきた。
うーん、怪物を観た。
ミワアキヒロは怪物だわな、やっぱり。
みっちーはまぁ、置いておくとして。
頭の中がすっきりしなくて、非常に効率が悪い。
同僚がいない隙にいろいろやっておこうとしている作業もいっこうに手が着けられないまま、というか、集中力が持続せずに、あっちに手を出し、こっちをいじりと何をしたいのか分からない人になってしまっている。
落ち着いて、一つ一つというところなのだけどさ、必要なのは。
本を読むにも、どうにも気が散ってしまうし、ゲームすらまともに出来ない始末。
そういう意味では昨日の観劇は気分転換になるはずだったんだけど、それほどの効果もなかったような気がする。
ある意味で何も残らなくて、良かったのだけど。
思い切って一日何もしないのがいいのかも知れない。
でも、先週のダラダラをどっかで盛り返す必要もあって。
まずは、深呼吸か。


2001年5月20日(日)

いろいろで、いろいろで、いろいろで。
体調が悪くて、とにかく。
ほとんど何もできないうちに1週間が終わり、何も成果を残さないまま時間が過ぎて。
これではどうしようもないので、まずは復活。
明日以降につなげることを考えるしかないだろうと、結論して、今日のところはこの辺でご勘弁ご容赦ご容赦。
停滞の1週間はそのままに、次の日に向かうしかないので、それしかないので。


2001年5月15日(火)

昨日は「詩のボクシング」。
思っていたよりも不思議な盛り上がりにて終了。
酒を飲むも、少量で気持ち悪くなる。
久しぶりの感覚。
かなり疲れているのだけど、それを感じていないのかも知れない。
コトバ。
自分の言いたいコトバと、人に伝えるということ。
陳腐な表現でも、それが自分のコトバであればいい、というワケでもなく。
表現することの責任を背負うこと。
これはアマチュアとかプロとかそういう区分とは関係のないことなのだ。
「から騒ぎ」は今日で終了。
しばらく、オギスタには企画がない。
でも、まぁ、なんとなく、毎日の予定は埋まっていたり、そうでもなかったりして、しばし、ぼんやりな日々が展開されるのかもしれなかったり。
簡単に思えることほど複雑なのだ、きっと。
いやいや、本当はそうでもなくて「えいや」の一声なのだろうけど。


2001年5月12日(土)

この間、パソコンは沈黙していた。
一昨年の悪夢が甦る。
ハードクラッシュ。
しかし、結果は意外とあっけなく、そして、「ふーん」というものだった。
SCSIがイカれていたのだ。
最も新しい周辺機器がまさか、やられているとは思いもせず、最初のチェックでも見逃していた。
今日、職場に友人が来てくれて原因究明&新規SCSI購入&バックアップといたれりつくせりで、現状復帰。
持つべきものは友だちと、つくづく実感。
そんなこんなで自分内「から騒ぎ」は終了。
明後日は「詩のボクシング」本番。
司会用台本を書こうとしてのパソコン沈黙劇であっただけに、明日以降の回転が期待されるところ。
大丈夫かなぁ……
てなわけで、「から騒ぎ」な皆様がお帰りになった後で、一人事務所でビールをすすり、メールを何通か書き、雑記をアップする。
それもまた、それ。
そんでもって、ぼんやりと思いを馳せてみたりして。
明日は、きっと、明日。


2001年5月5日(土)

何をしていたかというと限りなく何もしていない1日。
目が覚めて、昨晩の飲酒を思い起こし、記憶の一部が削ぎ落ちていることを確認し、お茶を飲み、新聞を読み、朝食をとり、読書をして、しばし朝寝。
目覚めてから食事をして、読書をして、しばしウトウトし、メールチェックをし、ぼんやりとこれからのスケジュールを考え、ホームページの更新を考えるが今日はやめようと決意し、残りの新聞記事を読み、歯を磨く。
着替えてから買い物に出かけ、サンダルとウォーキングシューズを買い、事務用品も買って、再びオギスタに戻り、CDをかけ、ネットをぶらぶらし、同僚に会い、劇場でぼんやりと考え事をし、唐突に事務所で頭を洗い、ヒゲを剃り、お湯を沸かし、何も飲まずに読書の続き。
しかし、どうにも集中できないで、夜を迎える。
そして、パソコンに向かい雑記を書く。
のっぺりとした時間感覚の中で酒を飲むかどうかを少しだけ考える。


2001年5月4日(金)

昨日は久しぶりに家でビデオを観た。
「スターシップ・トゥルーパーズ」。
ああ、これも年に1回は観てしまう映画だなぁ、と思いつつワインを飲み干す。
泣けて笑えてしょうもなくて大好き。
ってゆうか、宇宙をバンバン飛んでるくせになぜブキはちゃちぃのかそれが謎。
ほんでもって、午前中はこれまた久しぶりに部屋を少しだけ片付けて、片付けた先にゲームのソフトを見つけてついつい遊んでいるうちにお昼になって、ファストフードで食事をしながら読書をして、ぼんやりとオギスタに来て、少しだけデスクワークをしてみる。
目覚ましは自力で直し、未だにトイレと風呂場の電球を替えず、事務用品が安い店をネットで探しながら、コーラを飲む。
しかし、1階のセイコーマートにはダイエットコークはないのであった。
コーラのおまけにFF]のフィギュアがついていて、「ああ、スクエア」と思う。
バイオリンの練習も始めないとなんて思ってみたりして。


2001年5月3日(木)

家の目覚まし時計が壊れている。
先日まではなぜか1時間遅れの時計。
時間を盗まれる感覚に襲われたけれど、とうとう壊れた。
正確には「目覚めたら壊していた」と言うべきである。
ありゃりゃと舌打ちして遊戯祭のミーティングへ。
その後、オギスタに戻り、デスクワーク。
微妙な寒気。
風邪か?それとも単なる肩こりなのかも知れない。
自分の整理整頓力のなさに我ながらあきれてしまうのだけど、1つ片付ける間に5つ散らかす自分がいることにようやく気付いた。
何がってそれなのさ。
精神的にはやや疲弊気味。
これは忙しいとか何とかとはあまり関係がない。


2001年5月2日(水)

酒を飲み、寝て、起きて、時間が経って、酒を飲み。
と、書いているほど飲んだくれてはいないのだけど、最近、どーも、すさんでいる、多分。
なにか、ヘンテコなリズムで、でも、ワンパターンな毎日になっている。
そうじゃなくて、と思いつつ、明日は、と決意じみた言い訳をし、そして、今日になる。
ちょっとしたことだったりするんだけど。
片付けるとか、始めるとか。
とにもかくにも明日もきっと、ここにくる。
6月に出演予定だった芝居がなくなった。
残念。


2001年5月1日(火)

色を変えてみたけど、あまり変わらないというか、微妙に注意が必要な時期なのだと思う。
まずは睡眠への執着と、食べることへの執着。
睡眠時間が長い傾向+なんだか知らないけど食べた先から何かを食べたい欲求。
この時期の後に来るのは、どーもよくないシーズンな気がしている。
あるいはそれを5月病と呼ぶのかも知れないけど、爽やかな5月6月は一方ではダメシーズンでもある。
他方では5月はめくるめく時期でもあったのだ。
それは大学祭をやっていた頃。
講義にも全く出ることなく、ひたすらに大学祭の準備をしていた大学1・2年目の頃。
と、ちょっと前のことのように思い出してはいるけど、大学入学から今年でなんと9年目。
おいおい、しっかりしろよと心の声がこだまするわけだ。
昨日はZOOでから騒ぎのリハーサルをした。
ようやく頭が回転し始めているようなそんな時期。
自分は冬型の人間だと思っているけど、暖かくなってみると冬の時期はこもっていることが多いのだと実感。
今年は映画も芝居も観ようと思っているにもかかわらず地下生活者にしてお金がないのは困ったもので、だからといって読書も進むわけでもなく。
「羊たちの沈黙」再読のあと、「ハンニバル」を読んでいるあたりはミーハーで、読み終わったら映画を観ようと思っているのもミーハー。島田雅彦の「君が壊れてしまう前に」も読む。
ここら辺がこの1週間あたりの読書。アシモフ「ファウンデーションの誕生」にも手を着けつつ、今は停滞中。