L/W 雑記


2001年6月30日(土)

日曜日と勘違い。
なんとなく、明日から新しい1週間だと思っていたらもう1日あったというオチなのである。
今日はスタ1では引き続き威風の展示会、ZOOでは札幌口琴会議のライブ(?)があった。
わけもなく賑やかなオギスタ。
どことなくバザールな空気。
共存というのでもなく、交通というのでもなく、混ざり合ってもいず、けれども、なんか面白い空気。
今日と明日は稽古OFF。
こういう日は早く帰ってゆっくり本でも読んでいればいいのかも知れないけど、ちゃかちゃかとホームページの手直しをしていたりする。
あぁ、そうだ。
くまぞーさんの掲示板が消えてしまったから、これもまたなんとかしないと。
来週中には復帰する予定。
7月の予定を書き込む。
なにはともあれ使ってもらわないことには始まらないのだから。
人が場所になじむことがあるように、場所も人になじむのだ、きっと。
少しずつなじんでいて、柔らかい空気になって。
そうなるとよい。
そして、明日からは7月。
ありゃ。


2001年6月27日(水)

9月の頭に一つお誘いがあったけどスケジュールとかの都合で実現せず。
残念。
午後からなんとなく動きだし、ぼんやりとオギスタ入り。
本日は4プラ企画の方の稽古へ。
役者2名しかいなかったので、段取りを確認して早めに終了。
メールアドレス変更のお知らせなどの作業をする。
明日も継続して行う予定。
そうこうしているうちに一日は過ぎて。
終わってみると時間がたつのは早い。
時間を過去のモノとみなすのは直線的時間の概念なのだろうけど、僕にはぐるぐる輪廻転生の方はいまいちなじめない。
これは成長するまでの環境が直線型時間概念を基礎とするカトリック=キリスト教の影響下にあったせいで、それは今でもやはり、そうなのだ。
天国とか地獄とかいうお話は直線型時間概念ゆえに成立する。
ぐるぐる輪廻転生における極楽・地獄とはかなり趣を異にしている。
直線型ゆえに1回悪いことしちゃうと、もう救いようがなくて、これではストレスがたまってしまう。
そこで開発されたのが告白=告解というシステムである。
神の代理人である司祭に自分の罪を余すところなく告白することで、リセットできるというシステムは良くできていて、これで「明日も頑張ろう」となるわけである。
そういう意味ではカラオケとかボーリングとか飲み会とかセックスとか、まぁ、そういったものに近いような遠いようなものなのだ。
告解を終えた後の心情はかなり分かりやすくて、ヤクザ映画を観た後の態度に似ている。
つまり、「私はまっさらな人間」という妄想たっぷりな(いやいや事実なのだ、事実)私になるのである。
ある意味では告解というシステムが近代的「私」を生み出すきっかけとなったと言っても過言ではない。
と、思わず書いたけど、きっと似たようなことを書いている人はいるだろうし、きっとそういうものを過去に読んでいて、つまりは受け売りなのかも知れないぞと内省してみる。
直線的時間概念には砂漠の匂いがする。
キリスト教にしてもイスラム教にしても、その「お父さん」(ここら辺もやはり砂漠的)であるユダや教にしてもそもそもは砂漠な宗教、もしくは荒れ地の宗教である。
そういうところではぐるぐる輪廻転生は生まれてこないのだろう。
ところで、理性はぐるぐる循環を嫌う。
「これ→あれ→それ」という流れは一見とてもスマートなのだけど、どこか何かが欠けている気がしてならない。
そんなことをアシモフ「われはロボット」を読みながら考えた。


2001年6月26日(火)

復活。
原因は結局よく分からないままに復活。
原因不明の病があるかと思えば、原因不明の復活もまた真なり。
劇場での本番が終わり、昨日からスタジオ1での本番Day。
それほどすることがないので、もっぱらデスクワーク。
フォトなんちゃらとかイラストなんちゃらとかを四苦八苦しつつ、それでも全然「わからなーい」という状況の中で、地図を作ったりなんだりとしているうちに夕方になっていたりする。
7月の7・8日に出演する企画の稽古も目白押し。
8月のべんと箱の稽古は今週2回あって、しばし小休止。
ヴァイオリンは届かず、しかし、威風の芝居の始まりを聞く。
肩こり少々。
多分そのせいで頭痛が少々。
きっと、体を動かしていないせいだと、ガチガチの肉体を少しだけストレッチ。
湿度はやや高く、気温もやや高く。
中島公園でカレーを食べる。
そして地下は涼しく、時に寒い。
事務所の暖房をつけない日は今のところない。
アイスよりは暖かいコーヒー。
冷やし中華よりは、シーフードヌードル。


2001年6月14日(木)

午前中、黒テントの搬入をして、やはり体調が悪いのと寝不足とで、一度家に帰り泥のように眠る。
夕方、起き出してオギスタに向かう。
世間ではお祭り。
2週間連続の。
地下鉄は大賑わい。
祭は好きだけど、人混みはどうも、と、つまりは自分勝手なんだけど。
どうにもお腹が痛かったり、微熱が続いていたりする。
ので、
今週末予定の函館行きは中止にさせてもらった。
ちゃんと休むということを学習しつつあるのかないのか。
難しいところで、つまり、怠けているようにも見えるし、そして実際怠けているときもきっとあるのだけど。
なんだろうな、なんだかむずかしいな。
先ほどホームページをアップしようとしたら、できなかったので、これは明日以降にアップすることにする。
何気なく脚本めいたものを書き始めたけど、構想も何もなくて、書き始めたから書いている。
けれど、案外、そういう方法の方が性にあっているのかも知れない。
それはきっと公演を前提に書いていないせいで、せいぜい稽古で使ってやろうとか、あわよくば公演もしてみるかとか、その程度の話で。
けれども、確実にイノウエを意識しているのもこれまた正直な話で。
イノウエはあとはスケジュールだけが大きな問題で。
ゆっくりゆっくりでも準備をしていこう。
そして、再開飯店はコンスタントに。
大きいことを目指すとかなんとかではなくて、しっかりコンスタントに活動することをまずは自分の中の念頭に置きつつ。
結果、大きくなる分には賛成で、大きくするために何かをするということは考えないということか。
小さく固まろうというのでもなく、ただ、一つ一つにきちんと向き合いたいということと、いい加減にイノチの削り方を考えようということなのかもしれない。
もっとも、削り足りないのかも知れないけど。
「やりたいことをやる」という初期衝動をきちんと具現化するように。
きっと、そのことと商品を作ることは必ずしも対立することではないので。
二項対立で話を進めるのは簡単だけど、同時に危険だから。


2001年6月12日(火)

久しぶりに新札幌での仕事。
オギスタの仕事もないわけではないけど、うーんと、つまり、収入とか生活とか借金とか、まぁ、いろいろで。
微妙に体調がよろしくなかったりもして。
そういうわけで今日はお休み。
部屋の整理もそうだけど、時間の使い方も整理整頓しなくちゃいけないなと思った。


2001年6月10日(日)

最近、3年という年月を考えることが多い。
昨日、「ブエノスアイレス」をビデオで観た。
ラストの卑怯音楽最高!
そうかそうか花様年華はそれがなかったんだ、とかなんとか。
いやいや、単に睡眠不足での映画館がきつかっただけなのだ。
オギスタでは劇場を考える会のパーティー。
なんとなく、なにもしていないのに疲れる。
雑誌の鬱チェックでは、かなりの鬱ぶりが判明。
旧友に会う。
大学時代の同級生でお互いに大学からはフェードアウトしていったけど、何故か二人とも芝居をしている。
かたや黒テントの劇団員で、かたやオギスタのスタッフだったり満天飯店だったり。
「いつかどこかえあえる」というブエノスアイレス最後のセリフを思い出す。
そして、そのあとに卑怯音楽!
改めて観ると非常に好きな映画なのだなと分かる。
天使の涙、恋する惑星、ブエノスアイレス、今すぐ抱きしめたい、欲望の翼の中(以上、オレランキング順)に花様年華をどこに位置づけようかと思案中、だけど、ビデオで見直す必要はあるだろう。
楽園のなんちゃらとかいうのもあったんだった、忘れてた。
ちゃんばらな映画。
あれも面白かった。


2001年6月6日(水)

ことブキが終わり、4日にはHAPPを観、5日には小島屋万助劇場を観、気が付くと6日。
昨日は稽古であったことが先ほど判明。
水・木だと思っていたけど、火・水だったという話。
どこか抜けている。
何か足りない。
そうこうしているうちに夜になり朝になり昼になり。
時計は進むけれど、時間が進まない。


2001年6月2日(土)

汗をかく。
着ぐるみを着て汗をかく。
ザ☆人妻ライブを手伝う。
そんでもって、オギスタに戻る。
狭いライブハウスに人がひしめいて、そんでライブが始まる。
ステージに上がるということ。
純粋に観客でありたいと思っても、どうしても嫉妬の目で見てしまうのは、舞台に立ちたいという気持ちからなのだろう。
きっと、なにやかやと言ってはみても、舞台上の緊張感と開放感には中毒性があって、かなりの割合でそれにやられていること間違いなし。
それとは別に稽古をしたいという欲求もある。
こっちの方はもう少し単純で、体を動かしたいとか、そういうことなんだけど、つまるところ「芝居をしたい」ということに尽きるのかも知れない。
今の仕事に就いて以前よりも芝居に近い立場で毎日を過ごしているけど、その距離感がますます欲望を増大させているようだ。
あるいは芝居というフィルターを通して、もしくは稽古というフィルターを通して、自己を理解したいという嫌らしい欲求なのかもしれないけど。
なんだろう、自分の持っている武器の総点検をしたいという気持ちなのかも知れない。
それは毎回の稽古で検討可能なことなのだけど、なんだろう、オーバーホールとしての稽古、みたいな。
うん、まぁ、6月なので。