L/W 雑記
2001年7月29日(日)
公演2日目。
夜の回を観る。
しかも最前列で。
面白い。
去年、「カガクするココロ」を観たときも、今回も思ったけど、戯曲を読んで想像するスピードと、実際の舞台でのスピードでは後者の方が圧倒的に早い。
セリフの一つ一つの仕掛け方の絶妙さもあって展開も決してゆっくりではないし、逆にあのスピード感はああいったタイプの芝居でなければ出せないものなのだとつくづく思う。
そして芝居のテイストとしての安定感とでも言うべきものが観ている者を自然と劇世界へと誘うのだ。
それは決して「リアルな演劇」というものではない。
充分に虚構なのだ。
しかし、その虚構性が技術と技術の重なり合いの中に隠蔽されてしまうのだろう。
当たり前かも知れないけど、役者も上手い。
ついつい札幌の役者と比べてしまう。
何が違うのか。
勿論、単純に技術水準の違いなのだけど、「舞台に立つ」経験の違いもあるんだろうなぁと。
自然に舞台に立てるということは、「芝居をして舞台に立つ」ことよりもはるかに難しい。
それは質の違いでもあるけれど、やはり技術なのだと思う。
それが「方法論」というものなのかもしれない。
あるいは演出という作業なのかも知れない。
まぁ、とにかく面白かったのだ。
また、札幌に来るかどうかは、実際のところ、動員にかかっているとは思うんだけど。
明日、最終日。
2001年7圧28日(土)
カントリーマアムには突発性の中毒症状がある。
食べ始めると止まらない。
単にお腹がすいているせいではなくて、本当にノンストップに気付けば半分くらい食べ終わっていて、周りは小袋の残骸が散らかっている。
そういうわけで少し冷静さを取り戻すために雑記を書き始める。
青年団が小屋入りしてから3日目。
今日から本番である。
皆さん、旅慣れているなぁという印象。
旅に出ていても自分のペースを崩さないというか。
それがベテランとおぼしき方だと余計にマイペースだ。
うかれ騒ぎどころをわきまえているというか。
まぁ、そんなこんなでワタワタしている週末。
やや疲れ気味と睡眠不足と腹痛な感じ。
またよりによってゲームを始めてしまったというのもよろしくないだろう。
といっても家に戻って寝るまでの1時間程度、小学生並。
そとは気持ちのいいくらいに夏なのに、地下では世界が変わらない。
逆に何かを集中して作るにはちょうどいいのかも知れない。
他にすることもないし。
プレステ2欲しい。
2001年7月23日(月)
書いているのは24日の朝なんだけど、まぁ、それもそれ。
お昼くらいから動き始め、なにやら電話の対応をしたり、買い物したり、細かい用事を済ませていると夕方に。
べんと箱の稽古場に向かい2時間弱、それからコンカリに向かい遊戯祭関連のミーティング。
深夜になり家に戻る。
ようやく1冊本を読み終える「ニューロマンサー」。
最近すっかりSFづいている。
何かをまとめて読んでいるときは大抵次の芝居のことを考えているのだけど、プランはあっちにふらふらこっちにふらふら。微妙に時間があるせいなのかもしれない。
翌日は早めの出勤なので適当なところで眠りに就こうとするも見事に失敗。
どう頑張っても眠れない上に頭痛頭痛。
布団の中にもぐりこむも睡魔はいっこうに訪れず。
眠くなるまでの時間つぶしにゲームを始めるも、全く集中できず、やる気も起きず。
結局、途中ウトウトしたのだけど、ほぼ眠っていない状態で朝を迎える。
マトリックスやらアヴァロンやら思い出し、20世紀SFの終了を感じつつ、これからSFはどうなるんだろう、どうなっているのだろうと、ふと思う。
考えてみりゃかなりSFな世界に生きているよ、我々は。
2001年7月22日(日)
「戦隊モノ」と読んでいる夢のシリーズがある。
厳密には戦隊モノでもなんでもないんだけど、どうやら「正義の味方のような登場人物」が5名であること、最終的に巨大な敵と何故か戦うハメになることなどから、かなり「戦隊モノ」的要素は多いと思われる。
夢は成長する。
最初はただの戦隊モノらしき夢であり、悪い怪物をやっつけるだけの単純なお話だったのに、昨日の夢はかなりヘヴィーな展開だった。とにかく、この夢を見る毎に敵のレベルが確実に向上しているのだ。今回はとうとう最後の巨大メカまでもが破壊されてしまうところで目が覚めてしまった。巨大化した敵の数は20はいたであろうか。主に虫を模した怪物なんだけど、ここら辺は最近観た「ナウシカ」のせいなのかもしれない。そいつらがデータ転送される部分はCMの影響か。かなりスムーズに転送されたことを鑑みるにADSLを使用したに違いない。
ところで夢の中での私は戦隊ヒーローの一員ではない。
よくわからないけど、この夢ではひたすら状況に翻弄されるただの登場人物だ。
毎回ストーリーらしきモノはないのだけど、どうやら今回はニセモノストーリーであったようだ。つまり、戦隊ヒーローのニセモノが人々にわけのわからない迷惑をかけまくるというもの。それも、どういう類の迷惑かは分からない。夢の中ではニセモノというだけで既に迷惑な事態なのだ。そして、あからさまに見た目がニセモノなのに、何故かそれがニセモノと区別できないのも夢ならではの風情である。
そんなこんなで悪が勝ったままで夢から覚めてしまったから、どうもすっきりしないで一日は始まった。
今日は事務所でたまった仕事をえいやっと片付けた。とりあえずは一安心だけど、それは明日の朝までしか有効ではないことを本人はよく知っている。
ところで現代に生きるヒトには「自然」対「文明」の構図はすでに過去のものとなってしまった。
ヒトにとっては文明こそが自然なのである。
自然の脅威は相変わらずそのままなのだけど、にもかかわらずそれはフィクションめいている。
あるいはこう言い直した方がいいのかも知れない。
「私」にとっては確かに自然の脅威は存在する。
地震にしても、津波にしても、台風にしても。
ところがヒトという種で考えた場合、あるいは現代人というカテゴリで考えた場合、自然はもはや文明に取り込まれた「対象」でしかない。
我々はメディアを通して自然を取り込むことが出来るようになった。
自然現象そのものを解明したとか、自由に操作できるようになったとか、そういう話ではない。
自然の状態を把握することが出来るようになった、少なくとも解明すべき対象として自然を捉えることが出来るようになったのだ。いやいや、思えば、そんなことは昔からやってきた。
そして、こんな話ばかりをしているといつまでたってもカミサマの話にならないので、とりえあずは中断。
2001年7月21日(土)
そうか。1週間近くもほったらかしだったのか。
ふむ。
なにやかやとバタバタバタバタバタ動き回っているうちにヒステリックエンドの公演も終わり、しばし休息の後、本日よりなんとか稼働再開の模様。
日中は芝居を観に行き、少しだけバラシに参加し、少しだけ事務所で仕事をして、稽古場に向かい、また戻ってくる。
文明はヒトのヒフだ。
それは擬似的ヒフではあるが、同時にリアルなヒフでもある。
ヒトは文明というヒフ(ないしは本能)に守られている。
という夢を見たことがある。3年前くらい。
ヒフは薄くて硬い強化プラスティックのような殻に似ている。
これがヒトと虚無という外世界との境界線なのだ。
夢の中の登場人物はその境界線ギリギリの所まで飛んでいる。
そしてヒフの裂け目を見つける。
(そもそもその裂け目を確認するために飛んだのかも知れない)
登場人物は恐慌に陥りつつも思う。
「外世界は虚無なのか?」
違う。
という確信はあるのだけど、「外世界の何か」の進入をくい止めることは出来ない。
そもそもそのような力などないのだ。
……と、まぁ、夢話はともかくとして。
しかし、やはりヒトにとって文明はヒフなのだろう。
外と内とは文明という境界線によって隔てられている。
そして、ある時期まではこの境界線が割とはっきりと意識され、「外」なるものの存在も明確であったに違いない。
それはリアルに「外」であり得たのだ。
だから、カミサマは存在したし、妖怪も妖精も不思議な生き物も言い伝えも伝説も何もかも「あやしげなものたち」が生息しえた。
それらもまたリアルな存在感を持ち得たのだ。
天国も地獄もあったのだ。
輪廻転生もあったのだ。
それはいわゆる「自然」というものなのかもしれない。
「人間」対「自然」の構図が分かりやすい形で理解し得たのである。
と、またしても中途半端なところで思考は中断し、家路に向かうのであった。
2001年7月15日(日)
OffecePureも終了し、バラし、一息つく間もなく、作業開始。
17日の本番に向けての作業が行われている現場で。
さすがに疲労と睡眠には勝てない私は早々に退場することにする。
明日はゴドーの仕込バイト。それから、稽古場に向かい、夜は週末に完遂できなかった作業の続きというスケジュール。
微妙に忙しい週末から、やっぱり忙しいウィークデイに突入する感慨もなく、ヒゲなどを剃ってみる。
まともに家で生活していないなぁと感慨もひとしお。
やはり「まっとう」というのは大切で。
とにもかくにも睡眠を睡眠を。
問題は読書の時間と、書き物をするための時間だ。
2001年7月14日(土)
Office Pure本番日。
一日に3ステという強行軍。
さすがに体力持ちそうもないです。
それを思うとジャニーズな皆様には頭が上がりませんや。
3ステ目開演を確認して、べんと箱稽古場へ。
梅ちゃんの発送作業があるので再びオギスタに戻る。
しばらくネット上をうろうろして、これを書き、それから作業に入ることにする。
やばいなぁ、住民化してきてるよ。
なんとか、取り戻さないといけません。
2001年7月13日(金)
お昼過ぎからうろうろ外に出てみる。
暑い。
いつの間にか札幌は夏になっていた。
夕方、わたわたとしているうちに、遊戯祭関係の会議を行い、キリンビール園でビールを1杯飲み、オギスタに戻る。
今日は行政のお勉強。
予算を獲得するまでの甲子園ストーリーを聞く。
融通が利かないにはそれなりの理由はあるし、それはそれで一理あるのだ。
そのやり方が妥当かどうかはともかく。
昨日の夜中は、↓の続きをうにゃうにゃと書いているうちに眠ってしまう。
2001年7月12日(木)
Pure仕込2日目。
事務作業を少々。
右の肩がこっている。
右膝のあたりが痛い。
ついでに腰も痛い。
お腹はまぁまぁ痛め。
頭痛少々。
ノドも少々。
とこれだけ書くとなんだか満身創痍みたいだけど、まだまだ。
外はやや湿度が高く、気温も高い様子。
買い物に出かける短い時間に外界に触れる。
これではますますモヤシ君となること間違いなし。
人間は文明を発明することで、他の動物からは一歩かけ離れた存在となった。
文明とはすなわち自らの身体機能を人為的に拡大する行為、乃至はその結果としての成果物である。
文明を使いこなせなかった時代には「カミサマ」がまだまだ必要だった。
それは「実際に」いるとかいないとか、そんなことは問題ではなくて、カミサマの存在は不文律であり、自然なことなのであった。
世界はあまりにも広くあまりにも不可思議であまりにも強大だ。
だから身を守るための手段として文明は発展していくこととなる。
ところがいつしか文明は世界を凌駕し始める。
知識は加速度的に拡大し、手足をあらゆる方向(広さ、深さ)に延ばすことが可能になってきた。
不思議が減少すると、その代表格のようなカミサマの輪郭線は次第にぼんやりとしてくる。
カミサマは常に文明の境界線上にいるのだけど、この境界線が拡大すればするほど遠い存在となってしまった。
カミサマは死んだ訳でも、人間がカミサマを信じなくなった訳でもなくて、ただただカミサマは遠くにあってもはやぼんやりとした影ですらなくて。
また、文明の境界線もどこまでも果てしなく遠くにあって、もはや肉眼では確認することが出来なくなってしまった。
「カミサマは遠くにありて想うもの」
2001年7月10日(火)
日中買い物に行った意外に外出なし。
地下生活長し。
最近家に滞在している時間は異様に短い。
あとはひたすらにプリントアウトな時間時間時間。
梅ちゃんのDM作成作業はこれにて終了。
あとは投函するだけ。
脚本を書き始めるフリをしてみるもまたしても挫折。
やはり綿密にプロットを立ててみる方が今回に関してはいいのかもしれない。
そのための時間を確保すること。
だが、その前に読書の時間を確保することにしよう。
やや腹痛気味。
昨日くらいから真面目に薬を飲んでみることにする。
2001年7月9日(月)
これから煙の稽古に出かけるので早めに手短に。
昨日で四番街祭企画も終了。
なにやかやとワタワタとしつつも、とにもかくにも終了。
夜になってやたら疲れていることに気付く。
オギスタに戻り、作業。
そうこうしているうちに1週間の始まり。
本日は比較的ぼんやりと過ごし、カチャカチャパソコンをいじっていざ出陣と。
四番街での芝居、再演かもの話もちらほら。
なんらかの形であれ、評価を受けるということはなにかしらの力となるだろう。
挑戦は受けて立つ、と。
キグルミ以来眼鏡がゆがんでいる。
どうも眼が疲れてしまうのはそのせいなのかもしれない。
というわけで青木さんから江沢さんに。
(追加)
と思って稽古場に到着したら同僚から電話。
非常に具合が悪くてどうしようもないとのこと。
急ぎ事務所に戻り交替。
ホームページを少しいじってみたりする。
一言の「怒濤の展開」は出かける前に書いたのだけど、ちょっと怒濤な成り行きであった。
2001年7月7日(土)
朝はひたすらに電話対応。
今日から梅ちゃんの電話予約開始。
しばし、電話から離れられない状況に。
一息ついて、4プラ前交差点へ行き合流。
怒濤のように芝居をして、事務所に戻る。
肉体的にも精神的にもちょっとガタガタ来ている今日この頃。
状態も不安定で、落ち着きがない。
有無を言わさずしっかりと休暇を取る必要があるのかも知れない。
ここ数日、ちゃんと家で寝ていないし。
眼鏡はゆがんでいるし。
食欲はないし。
酒も飲みたくないし。
(↑この辺が異常ですらある)
説明書どおりに作成してにいっこうにメールCGIは立ち上がらず。
これはつくづくこちらのせいではなくて、BizWebのせいに違いない。
2001年7月6日(金)
朝起きると前日の記憶がかなり曖昧であるとわかる。
昨日いつくらいの時間に何をしたのか覚えていない。
ところがしばらく時間が経つと割と詳細に思い出す。
不意にかなり長い年月を経て突き刺すように現れる記憶もある。
何を書きたいのか、いやいや、これを書いているのは7日の朝なのだけどもはやすっかり忘却の彼方だったり、いやにピンポイントで覚えていたりする。
と、書き始めては見たものの、やはりその日のうちに書いてしまわないとどうもよろしくない。
そして、早くも電話が鳴り始めたりもしているので。
そそくさと退場しておこう。
2001年7月5日(木)
今日は一日で2週間分くらいの汗をかいた。
午前中、美唄にて交通安全ショウに出演。
といってもキグルミの中。
クビをはずせないタイプのキグルミなので、基本的には被りっぱなしの1時間半。
途中、吐き気とともに意識が朦朧としてくるも、後半は変なエネルギーで終了。
脱いでみると上も下も汗ですごいことになっている。
これが寒くて温度差があったりすると、もう、北斗の拳状態間違いなし。
そういえば高校の時の部活は北斗の拳状態の連続であった。
冬場、ランニングを済ませて、寒い練習場に戻ってくると誰の全身からももうもうと水蒸気が沸き上がっているなんてことは日常茶飯事。
そして子どもたちのものすごく素直な反応にびっくり。
人間という器はそう変わるものではなくて、何を入れるかということなのだということを実感。
でもって、長距離走の後の疲労感に似てどこか頭の中のタガが外れているような感覚。
世の中のキグルミに入っている皆さんを改めて尊敬する午前中であった。
結局午後は事務所に行くものの使いモノにならず、稽古に突入。
こちらは本番3日前にしてようやく5人のキャストが集合。
全体像が見えて一安心なのと同時に、時間内にできあがるのかという問題、マイクの問題等々最後まで気を許すことはない現場なのであった。
しかし、不特定多数の人(例えばストリートでもよい)に何かを見せるための作品を創るというのは何か微妙にいい加減で楽しい作業だと思う。
一昨年にテレビ塔の下のステージで朗読や即興をしたときも感じたのだけど、こちらのポテンシャルのようなものが素直に試される。
面白くないモノ、何か変で気にならないモノであれば、周りの人は全く気にも留めない。
そういう状況の中で表現するということはある意味では自慰行為に近い側面もあることは否めないだろうけど、劇場で芝居をするのとは違う部分で自分自身を検証する機会でもあるわけだ。
誰しもがそうするべきだとは思わないし、そうすることが必ずしも良いことではないのかも知れない。
でも、それを使えるうちは使っておいても損はないとも思う。
まぁ、「やりたいからやってんだ、文句あるか」なんて開き直りも可愛くないし。
なんだろうな。面白そうだ、のれる、からやっているといったところか。
自虐的なのでもなく、自信過剰でもなく、ただ、そこにある種の表現を持ち込むこと、そういう実験に参加することが楽しいのかも知れない。
実験の質は違うけど、個人のレベルではキグルミもまた実験ではあったのだ。
同時にどちらも違う側面からだけど、仕事でもあるわけで。
……ちょっと違うか。
「静かなSF」というコトバは数年前から思っているけど、きっときっかけは「東京ノート」なのかもしれないとか思ってみたり。
2001年7月4日(水)
今日はこれから北広島に出かけWSに参加、その後は家に戻り、明日は午前7時集合なので早めに書いておくことにする。
昨日は休むことはやすんだけど、結局オギスタにいるというなんだか訳の分からない一日であった。
「みんなのいえ」を観る。
竹内久美子の本を読み終わる。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読み始める。
最近、SFづいているなぁと思いつつ。
外は微妙に湿度が高いけれど、事務所は涼しい。
この季節、指が微妙にささくれだつというか、指に小さなポツポツができてそれが破れて皮がむける。
小さなポツポツは水膨れに似ている。痛くはない。
これは毎年のことなのだけど、紫外線のせいなのかしら。
本格的に夏になるとこの状態もなくなるのだけど。
そして、眠い眠い眠い。
いくら眠ってもなんだか眠い。
すでに夏バテか?
そして微妙にネット関係の調子が悪い。
2001年7月2日(月)
夕方、キグルミショウの稽古に出かける。
飯店の客入れ時のキグルミなんてもんじゃなくて、とにかく「暑い」ことが予想される。
これで動けるのか?体操もあるんだぞとかとか思いつつ、「なんか面白そう」なんて、そんなこと思っていられるのは今のうち。
本番は5日、美唄、朝7時に集合。開場は午前9時。
「ぐぅ」よりも早いスタート。
さてはて、どうなることやら。
寝る前に台本のチェックと、体操のチェックでもしてみるか。
あとはぶっつけ。うりゃーたりゃーの世界なのかもしれない。
夜、事務所に戻り、オギスタの作業はそこそこにして掲示板をつけたりカウンターをとりつけたり。
レンタルものは簡単だけど、なくなってしまうなんてこともあって、自分で設置できるようにしないとと始めてみたら真夜中に作業をしている。
久しぶりにはまっている。
細かい設定とかは全然ちんぷんかんぷんでとりあえずは設置してあーだこーだとブツブツ言いながらなんとか終了。
ついでにL/Wにもカウンターをつけてみる。
これもなにもフレッツなおかげ。ゆっくり作業が出来るというものだ。
ということはPCが頭脳明晰で、ADSLなんかになった日にはもうどうしようもないくらいにハワイアンになってしまうこと間違いなし。
インタネットは、PCはこうしてテレビ化していくのだろうか、なんて気持ちを引き締めたふりをしてみるくらいにして。
まぁ、ほんのわずかだけど、スキルアップな一日なのであった。
明日はオフにするぞと固く誓いつつも、こんな夜中に事務所にいる時点で、明日の午前中はたいしてオフを満喫できまい。
せめて映画にでも出かけたいものだと、ささやかな抵抗を模索しつつ、明日を夢見る。
どうしても、ここにいるとオン/オフの境目が曖昧なので、なにかのラインを見つけないととんでもないことになりそうで。
というわけで明日は休むと言ったら休むのだ。
雑記だって更新しないのだ。
……自信ないけど。
2001年7月1日(日)
とりあえず夏なようなので、色も明るめにしてみる。
それでもって今日は早めに雑記を書くことにする。
1日の終わりに書こうと思っていても、仕事だの地下鉄の時間だのとしているうちに書けなくなってしまうからだ。
とはいえ、今日はお休みモードな一日。
勿論、スタジオ1では「展示会」をやっているし、劇場では作業をしているけれども。
くしゃみが止まらない。
風邪なのか部屋が埃っぽいのか来訪中の猫のせいなのか。
まぁ、とにかく。
地下と地上との温度差にやられている可能性はあるし、湿度もかなり違うので、体調を崩しやすいのかも知れない。
そろそろ遊戯祭のホームページもリニューアルの方向に向かっていこう。
デザインに関しては自信がないので、分かりやすく、シンプルに。
昨日、今日と稽古はお休み。
明日から稽古の日々。
しかし、何よりも自分の劇団の稽古をしたいという思いが強い。
劇団という集団形態に意味があるとすればそれは続けることに他ならない。
続けること、そしてその中に一定のチェック機能があること。
自分たちの継続性のある集団だからこそ出来ることがあるのだということ。
つまり創るための目的集団ではあるのだけど、創ることのみが劇団としての機能ではないということか。