L/W 雑記
2001年12月23日(日)
ちゃっかり千秋楽。
前説第2回目。
片づけもそこそこにオギスタへ。
不調であるのは相変わらず。
少しでも無理をすると途端に跳ね返ってくる。
毎日少しずつでも進んでいくしかないのだけど、どうにも処理できる作業量には限界がある。
力仕事にしろ、頭仕事にしろ、ある程度の時間は可能なのだけど、いまだに仕事だの作業だのをするには厳しい状態なのだということなのだろう。
退院から時間が経って、自分の中ではそれなりに回復しているつもりでいても、実際には退院時からさほど進展していない、いや、かえって逆戻りすらしているかもしれない。
そして部屋は異様に寒い。
水は落としているけれど、家に帰って1時間くらいは何もすることが出来ない。
これは朝も同じ。
外は寒くてもいたしかたない。冬なんだから。
暖かい家に住みたい。
2001年12月22日(土)
朝、起きると顔が異様にむくんでいるし、体調も急降下な様子。
「やばいな、おい。今日はバレン座で前説じゃねぇか」
なんて様子を見ていたけど、いっこうに良くなる兆しがないので、無理矢理に出かけることにする。
そんな状態で前説。
苦手である。
自分の劇団でもお客様の前に立って、開演前のお願い等をするけれども、役者をしている以上にヘコむ事が多い。
なんというか、「素」のようで「素」でないようで、しかし「素」だと思われて観られているというこのなんとも狭間の感覚とでもいうのだろうか。
似たような理由でスピーチなども苦手。
とにかく「素」であることが恥ずかしいのかしらん。
明日の昼公演も前説、まずは少しでも体調の回復を。
昨晩はきちんと眠っていないに違いない。
部屋が異様に寒かったこともあるけれども、きっと眠りながらウンウンうなっていたと思われるのだ。
先日、母に指摘されたのだが、時々眠っている間にうなっているらしい。
体調が良くないときは、そうかもしれない。
起きているときは慣れで我慢できる範囲があるけれども、無防備な状態ではその我慢もきかない。
時間が経つにつれて症状はおさまっているけれども、良い状態ではなくて、微妙に寒気もするわけで、もしかすると風邪かもしれない。
2001年12月21日(金)
不思議なタクシー、といっても妖怪タクシーではない。
夜中、帰る手段がないのでタクシーを拾った。
暗闇でよく分からなかったが止めてみるとデカイじゃないの。
とんでもない間違いをしでかしたと思って打ちひしがれていると、「これ、小型ですよ」なんて運転手さんに声を掛けられて。
乗り込んで話を聞いていると主に身障者の方(車椅子など)用に稼働している車なのだそうだ。
確かに車椅子を収納できるスペースがある。
しかも、そこのタクシー会社の新しいサービスのようで、車も新しかった。
「いや、まだ、稼働して15日くらいしか経ってないんですよ」
主に日中、予約で走っているらしいが、いろいろなリサーチも兼ねて、木金土のみ夜間も流しているそうだ。
広い車内の後部座席と運転席の会話。
色彩感覚がないせいか、夢に色がつくことはないけれど、匂いなら時々ある。
匂いの記憶。
これはビジュアル的な記憶よりも深く脳味噌の中にしまい込まれているのかも知れない。
例えば潮の匂い。これは僕の生まれ育った稚内を思い出させる。
先ほどうとうとしている間に見た夢はイチゴジャムの匂い。
第三舞台な人達と何故か共演していて、開演間際、とても余裕なのだけど、突然頭の中が真っ白になっている。袖で慌てて台本を読み出すんだけど、自分が何の役だったかも覚えていない。
そんなこんなで最初のシーンから役者たちが戻ってきて、その中の一人(とてもデカイ筧利夫みたいな人)が指で僕をつんつんする、なんてことをしていると、舞台上にイチゴジャムが降ってくる。
その、匂い。
2001年12月20日(木)
ここ数日は低空なりに好調な兆しではあったが、今日になって下降線。
体調が悪くなってくると精神的にも鬱々してくる。
前向きな思考は無理矢理ひねり出すことは出来ても、動き出すことが出来なくなってくる。
頑張ることではなく、マイペースを保てるような活動と精神状態の維持がいつもいつでも課題だ。
ちょっと調子が出てきたと思ったら、お腹が痛くなる。
繰り返し繰り返し。
さすがにこれでは嫌になってくるだろうというもの。
慣れることは出来るかも知れないけれど、なんでこんなことに慣れなくちゃいけないんだとも思うわけで。
最近は午後3時くらいになったら動き出すような感じ。
とにもかくにも私は頑張りませんよ、しばらくは。
2001年12月19日(水)
しばしお休みから再開。
先週末は南幌へ、戻ってきてぼんやり過ごしているうちに2日経っているといったところ。
進みもしないが、後退もしていない。
停電中の今日この頃。
そろそろエンジンかけなくちゃと思うけど、そうしているうちにむしろかかるにまかせるのがいいんじゃないの、なんて、これは言い訳のように聞こえるけれど、きっと、それが心身ともに良いということなのだろう。
頑張らなくても動き出せるときがあるさ、とは気楽な物言いかもしれないけど、最終的に勝手に動き出すようになるまで待つというのも正しい在り方かも知れない。
今なすべきは慌てて「何をかなさん」ではないと思うのだ。
まぁ、それなりに差し迫ったものもないことはないのだけど、それでも、むしろ無理矢理のんびりだらだらするくらいが丁度よい。
開き直りだけど、開き直らないと、落ち着く体調も落ち着かないものだから。
よりあえず積極的にエレンタールを飲むことでここ数日は「悪くはない」。
動き出したらどうかわからないけど。
どうも「お腹が痛い」という症状自体が説得力のないものだから、どうにも具合が悪いのだけど、そして腹痛に慣れてしまったせいか、かなり痛いはずの時でもそれなりに我慢が出来るようになってしまった。
これはこれで良くないことで、我慢できているからいいやなんて無茶すると、潰瘍は悪化するばかりとなってしまう。
今回の入院も、最終的に緩解導入には至らなかったのだけど、その一因は潰瘍が治りきっていないというところにある。
大腸に縦に傷が走っている状態。
現時点での痛みの感覚からして、まだ、落ち着いてはいないだろう。
2001年12月13日(木)
病気関連は取り立てて進展も後退もなし。
ひたすらにダイズ油でコレステロールを補給するなり。
低空飛行で停滞中というところ。
行動の方も停滞中。
忙しくて気が付くと時間がたっているのではなく、ぼーっとしていたらいつの間にか夜だったというような具合に。
振り向くと2001年もこんなに過ぎているではないか、と改めてぼんやりしてみたり。
というか、もう師走も半ば、クリスマスとか年末とか、そういう季節じゃないか。
最近はずいぶんとひっそりと忍び寄ってくるようだ。
地下鉄に乗って街中を駆け抜けているだけに、その雰囲気はいまいちつかめていない。
別に意味もなくはしゃいでいえうようにしか見えないクリスマスムードも好きではないから、それはそれで平穏でいいなぁとも思うのだけど。
「クリスマス→除夜の鐘→初詣」のこの異種格闘技的な宗教的行事のオンパレードはほほえましくもあり、たくましくもある。
勿論、当の本人はそれが当たり前で、子供の時からそうだから、それをただ続けているにすぎないのだけれども。
かくいう僕もその中の一人。まぁ、カトリックだからクリスマスはもう少し神妙なものではあったけれども。
あれだよ、要するに3倍楽しみがあっていいじゃないかという話。
だからお釈迦様の誕生日ももっと派手にお祝いしてもいいくらいなのになぁ、こっちは地味だよなぁ。
2001年12月12日(水)
腹痛の症状はないのだけど、調子はよろしくない。
頭痛やら吐き気やら、やたら眠たかったり。
雪かきなどもしてみるも体力の低下を確認するばかり。
5分ともちやしない。
ということで、日中から事務所にいたにもかかわらずほぼ何もすることなく一日が終わろうとしている。
エレンタールを飲むにも寒い季節。
かといって何かを食べたいという強い欲求もなく。
身体も精神も生産性からは反対の方向にあるようだ。
2001年12月11日(火)
えらく雪が降るこの冬。
あれよあれよという間に、すっかり景色は真冬になっている。
そりゃ、部屋も寒いわな。
ストーブつけっぱなしでも全然暖かくならない。
築20年、1階、カド部屋。
そりゃ、家賃も他の部屋よりちょっとだけ安いのもうなずける話で。
去年もこんなに寒かったかなぁ、とか。
よって冬は家にこもっていることが多い。
ヘタに外出すると水を落としていても凍ったりするし。
灯油をまとめて買っておきたい今日この頃。
2001年12月9日(日)
事務所に来る間、やけに静かな感じがした。
雪が深く降り積もったせいかもしれない。
そんで、人通りが少なかったせいかもしれない。
それでも地下鉄にはたくさんの人がいて、いつもと変わらないようにも見える。
つまりこれは僕の感覚の問題。
「世界」と「私」の問題。
世界に色はあるのか。
ある時はバラ色に、ある時は暗雲立ちこめて。
私の精神の在り方が世界を彩る。
とするならば、世界に色はあるのか。
「私の感じる世界」がある。
その一方で「実際の世界」なるものは存在するのか。
「私」にとって世界とは、「私」が把握しうる世界でしかないのかもしれない。
その世界にあって他者の存在とは。
「私:世界:他者」
この三者をいかに結びつけるかというのが哲学の一つの課題である、多分。
そして、また芸術の課題でもあるのだろう。
「私の描く世界」「私の観る世界」と「他者」との関係性。
この接触に芸術の可能性がある。
とかなんとか。
2001年12月4日(火)
とにかく、退院からしばらくは、出来る限り何も考えないで過ごすことにする。
なにやかやと用事やら予定やらは入ってくるが、1日の許容限度のようなものを適当にはじきだしながら行動する。
無理をしないというのは身体的な問題ではなくて、精神的な許容量みたいな話で、どこら辺で折り合いを付けるかというラインなんだろう。
本日のメニューは3月の芝居に向けての打ち合わせ少々。
事務所番少々。
といったところで、いい加減に許容量に達する。
入院すると必ずといっていいほど眠れなくなるのだけれど、その原因をつらつら考えてみる。
普段、どのような状態で入眠しているか。
???
あれれ、分からないや、と。
疲れ果てるまで起きていて、意識を失うかのごとく眠りにつく。
案外、世間の働いている皆様はそういうものさ、と言われるのかも知れない。
しかし、これでは身体がもたないのは言うまでもなく、お前は病気持ちだろ、と。
眠たくなったら眠る、というのは理想的な状態だ。
しかし、疲れ果てて眠るのは全然違う。
とにもかくにも1日8時間以上の睡眠を確保するべし。
2001年12月2日(日)
入院雑記アップ終了。
結局今回は50日間かかってしまった。
にもかかわらず、退院前後の状況ははなはだかんばしくないときている。
CRP値も高いし、差し込むような腹痛もある。
新たに潰瘍が形成されているか、既存の潰瘍が悪化しているかどちらかだろう。
食事も振り出しに戻りエレンタールのみという建前。
微熱少々。
つまりは、50日間という時間がなにごともなかったかのように無視されている状況。
ここら辺の微妙なラインは、だからといって入院してりゃいいかというとそうでもなくて、例えば食わなきゃいいかというとそうでもないわけで。
やはり自分とどう向き合うのかという問題に収束することになりそうだ。
病気と共に生きるという考え方。
病気のことだけではなくて、何かと下降気味。
どうにも不安定、というよりもかなり低いラインで停滞している感覚。
まぁ、答えを出すのは簡単で、論理的に思考し、結論を導き出すまでのこと。
そんなことだったらみのもんたは必要ない。
なぜ、「みの」なのか。
(ちなみに「みの」氏、肝臓悪いのかねぇ、あの顔は)
悩みとも違う、躊躇とも違う、最も感覚として似つかわしいのは「耐える」とか「忍ぶ」かもしれない。
退院早々辛気くさい話だけど、入院中も辛気くさかったのだからそこからなかなか離脱は出来ないさ。プレドニンのように。
入院総括。
まずは来春「レミケード」認可を待つべし。まだ勉強不足。
緑内障(疑)に注意を払うべし。
なにはともあれ、よろしくない状況。