L/W 雑記
2002年6月29日(土)5:24
なんなんだ。こんな時間に起きているオレ。
そして、久しぶりの書き込み。
まぁ、実際、パソコンクラッシュに見舞われて、物理的に完全中断ではあったのだけど、それだけではなくて、精神的にも完全中断なここしばらくの今日この頃。
それでも、完全に引きこもっていたわけではなくて、映画を観たり、酒を飲んだり、お茶したりはしていたのだけど、やはり劇場に行くとか、つまりは不特定多数はどうもダメだったみたい。
どうも外向と内向のバランスがとれないというか、これはもう、何年も同じことの繰り返しだし、今さらでもないのだけど、それにしても今回はかなりひどい状況かもしれない。
もっとも、本人も、そしてだから周りもそうは思っていないのだけど。
多分、全てを否定して、それでも否定できないところから次の何を始めるしかないのだけど。
あぁ、今は何を書いてもダメだ。
さすがに酔っぱらいすぎ。
2002年6月5日(水)11:34
というわけで、どうも最近、毎日のように酒を飲んでいる。
ちょっと自制しよう。さすがに毎日はよろしくないだろうから。
さて、グインサーガ既刊読破はようやく終了。いつから読み始めたか失念したが、きっと、退院直後からだから思いのほか、時間がかかってしまった。本伝・外伝あわせて100数巻であるから、まぁ、それを考えるとアホみたいなことをしてしまったのだけど、まぁ、それにしてもここまで書き続ける作家のエネルギーというものに驚嘆してしまう。無論、彼女はこれだけを書いているわけでもなくて、他にもなんじゃかんじゃと既に400冊とか500冊書いているわけだし(そんなにはないか?)、で、芝居もしてて、音楽活動もしてて、その他にもなにやらしていて、とにもかくにもパワフルなおばちゃんやなぁと尊敬することしきり。好みの問題はともかくとして、そうして常に表現し続ける姿勢は見習うべきものがある。それが彼女と世界との関わり方なのだからと一言ですませてしまえばそれまでだけれども、「継続する」ことへの意志というか、力というか、いやはやなかなか凡人にはできることではない。
次はどうしようかと思いを巡らし、借りっぱなしの指輪物語に気付いたので、それを読むことにしよう。非常に中途半端なところで止まっている筈だし。
まぁ、なにはともあれ、昨日、仕事が一つ入ったから、まずは部屋を片付けつつ、仕事も片付けないと。
2002年6月3日(月)1:23
6月だからね。多少は爽やかな色合いにしないと。気分的なものはともかくとしてさ。
公演終了から毎日のように飲んでいる。まぁ、量は適当に調整しているけど、次もあることだし、仕事もあることだし、余裕を持った自制が肝要である。……のは分かっているのだけど。
最近、目覚めの一杯ではないけど、目が覚めて布団のわきのウィスキーを一口飲む。そうすると何故かしゃきっとするのだね。一種の気付け薬みたいなものだけど。まかり間違ってもそこから飲み始めるということはありえないから、それだけはご安心を。どうも、それほどに差し迫った仕事だの芝居だのがあるわけじゃないから、ついつい睡眠に関してもダラダラしがち。そういうところでは、目覚めくらいは時間帯はともかくしゃっきりしておかないとダメぇになってしまうのは、やはりよろしくない。
おかしな事に店長日記であーだこーだ書いていても、こちらの書くペースはそれ程変わらないらしい。やはり、書く内容の相違からだろうか。以前は文章を書く事に対する抵抗感というか不安感はあったけど、最近はあまりないようだ。というよりもそりゃ脚本を書くとかだと全く違うわけで、それは独特の集中力を必要とする作業だけど、こと雑記に関しては何も考えずに書いている。勿論、それでも微妙にこれは真実ではないし(事実ではあるかも知れないけど)、そりゃ隠すこともあるさ。でも、書きたくないことを書く必要性もないわけで、そしてウソではないという範囲においてそれはそれでいいのだと思う。
少なくとも書くスピードが上昇したことは確かである。
もっとも、以前のように、わけのからない論理問題をあーだこーだしていないせいなのかもしれないけど。とはいっても、別に哲学的思考とか、真理なるものへの思いはまったくなくなったわけではない。ありていに言ってサボっているだけなのだ。
あんな人がいる、こんな人がいる、あんなことがあり、こんなことがあり、とにかくいろいろある。
あいかわらず人との出会い、その関係性は、コトバで理解する以上の不思議な偶然とか、暖かさとか、痛みとか、つらさとか、喜びとかによって支えられていると思う。
一人でいる時間が多いせいかもしれないけど、人との関係性、人によって支えられている自分自身というものはなんて幸せなんだろうと思う。まぁ、もっとも一人でいるときは寂しくて、誰かにそばにいてもらいたいくてどうしようもないときも多いのだけど、それでも、改めて今の自分を考えてみると、なんと多くの人々によって支えられていることか。それが僕の唯一の財産であり、それだけのために生きているという幸せがあるのかもしれないと思う。
……ちょっときれいごとすぎか?