L/W 雑記


2003年9月17日(水)22:53

なんだか、ひどくというほどではないのだけど、慌ただしい日が続いたし、今も継続中である。
昨日までは仕事でバタバタしていたし、今日からは同居人が入院して明日手術なので、それはそれで慌ただしいのだ。
慌ただしいのはこれは気分の問題でスケジュールに整理し直すと実はそれほど予定が詰まって何分単位で動いているわけではないことなど容易に分かってしまうのだけれども、物理的な予定がどれほど詰まっていようとゆったりしている時はゆったりしているし、慌ただしい時は予定が詰まっていなくても慌ただしい。
つまり、忙しいとか暇だとかいうのは本当は物理的なスケジュールではなくて、もっと気分的な要素が多いものなのではないかと思うのだ。
心を亡くすと書いて「忙」という漢字になるが、まさにその通りで、どんなに予定が詰まっていてもどこか余裕があれば忙しさを感じない、もしくは忙しさを感じる度合いが低いことはあるのだと思う。
逆にどんなに物理的な時間に余裕があったとしても、精神的な余裕がなければなかなか暇モードにはなれないのだ。
こうなりゃ余裕かましちゃれという開き直りなのかもしれないけど。


2003年9月8日(月)

気が付くと、っていつもそうなんだけど、中途半端に更新が中断し、月が本格的に動き出してからまた更新が始まるといったなんとも尺取り虫的な動きを見せている当サイト。
ま、いつものことなのだし、とりあえず入院していないよという報告としての存在価値はここにはあるのだから、多少はマメに更新しなくちゃと実行を伴わない反省をしてみる。
9日、10日のCMの仕事があるおかげで暇で苦しむようなことはないけれども、それ以降の仕事の話が何もないのはかなりの不安をかき立てられてしまう。
基本的には「なんとかなるさ、今までだってそうだったもの、これからだって」というほとんど投げやりな楽天的行動方針で、きっとそれは変わらないし、それくらいの意識の持ち方でなければ最終的にはまたしても別荘暮らしを強いられることになるので、気持ちはかき立てられても、それ以上に何かしようとすることはかえって危険でもある。
なんだかんだとワタクシゴトで思い悩むことなどもあり、気分は鬱きわまりなくて、久しぶりに自分の存在価値って何じゃみたいな夢想も繰り広げたりして、宮沢章夫のエッセイ読んでも全然笑えなくて途中で投げ出す始末。
こんな時は思い切り泣ける映画でも見て(でもいわゆる感動映画じゃなくて)気分転換でもしてやろうと思うのだけど、何を見たらいいのか思いつかない。
ははぁ、これはかなり重症だなと。
まいったなぁ……

<追記>22:46
過去の今頃時期の雑記を読み返してみたけれど、何だかいつも同じ様な状態なのな。
生活環境や取り巻く人間関係は微妙に変わっていたり全然変わっていなかったりするのだけど、文章に流れるだめーな感じというか停滞感どんよりとした雰囲気は全然変わっていない。
むしろ年々悪化の傾向にあるのかもしれない。
悪化、というよりも単純に分かりやすかったはずが自分で勝手に分かりづらくしているというそんな感じ。
改めて今の自分の問題に真摯に取り組んでいるのかどうかと自問。
そのつもりなんだけれども、どこかずれているのかもしれない。
それはずるくなったということなのかもしれないし、逃げているということなのかもしれない。
でもなぁ……そうやって突っ込んでいって、入院とかしちゃってるもんなぁ。
つまりこの時期くらいに無茶やって、寒くなるのと同時進行で体調が悪化して、はい入院患者の出来上がりという構図。
この2年は特にそうだ。
あるいは逃げるのも「手」なのかもしれないな。