雑記
1999年7月分
19990731(土)
FOR-7A即興本番&ザ☆朗読。
さすがに連チャンはこたえた。
そして相変わらず即興の難しさを思う。
それは「場」の違いから発生するものなのか。
しかし、どんな「場」であれ、ある意味での傲慢さは必要なのかも知れないと思う。
「これだ」と提出していくことが、結局、観るに堪えるものになるに違いない。
リベンジは、ない。
だが、個人的に即興、インプロはまだまだ課題なのだ。
それは手法を学ぶということにもつながっていくのだろう。
そんなこんなで7月も終わり。
人類は滅亡しなかった。
ノストラダムスもこれで廃業か。
……なんて言っている間に何かがやってきていたらシャレにはならないのだな。
19990730(金)
ザ☆朗読稽古。その後FOR-7A稽古。
こちらも明日へ向けて即興を5本行う。
勿論、本編の稽古も行って、だ。
個人的に先が見えない。どうにも開けてこない感じがする。
時間はまだ残されているはず。試行錯誤はできる。
……が、それにしても1年に1度のビックウェーブの予感。
なぜ過去の時期になると、異様に下がりゆく精神的健康。
何も予告なしにそれらは始まる。
こういうときは新しいことをするに限るということを最近、知った。
だが、一方で、現実的に山積みなこともある。
仕方がないので、お手紙を書いて食べてもらうわけにはいかないのだ。
山羊とは親しくないから。
だとしたら人間がそれを片づけるしかないだろう。
どこか部分的にでもリセットな人生だと楽なんだろうな。
しかし、そういう人生は円熟とか深さとは無縁な世界になるだろう。
それでも、いい。
……とその時は思うものである。
1990729(木)
日中、少しだけ脚本の手直し+書き込みの作業をする。
相変わらず作業は遅々として進まず。
どこかでまとめて書く時間を確保するよりないかもしれない。
ザ☆朗読稽古。その後、FOR-7A稽古。
FOR-7Aのこの3連続公演は陸上競技でいえば中距離走に似ている。
全速力にして、かつ、それなりの距離がある。
そういう意味では今の時期がラストスパートに入る時期なのだ。
ラストスパートは決意の瞬間ではなく、筋肉が動き出す瞬間だ。
頭で行動するのではなく、筋肉で考えること。
それが瞬発力としてラストスパートにつながっていく。
息切れは、していても、していないのだ。
19990728(水)
テレビ塔企画稽古。その後、FOR-7Aに直行。
夏バテでもしてしまったのか、どうにも集中力に欠いている。
久しぶりに上々颱風を聞く。夏だ。
休むための時間と場所と環境の確保を考える。
何かが煮詰まったような状態で停滞している。
かなりドロドロしている。
何か酵素かなにかを投げ込んでやる必要があるわけだ。
かなり過激に反応するようなやつを、ひとつまみ。
そうしてひとつひとつが昇華していくさまを眺めるのである。
宝くじは3億円だ。
使い道を考える。
19990726(月)
暑い。
大学にはクーラーなど文明的な機器は勿論なく、あるのはけだるく経過してゆく時間だけ。
久しぶりに哲学的知識を仕入れる。
哲学的知識を仕込むと同時に、そこから新しい思考が始まる。
それが何らかの形で創作につながる。
スタートは割と、そういうことが多いのかもしれない。
あるいはインプットの快楽なのかもしれない。
最近の自分の状況を省みよ。
インとアウトのバランスは10:1が適当だ。
FOR-7A稽古。
脚本がいちおう出そろう。最後の形が見えてくる。と同時に、これでは終わらないだろうという確信。
稽古終了後、この芝居についてメンバーと話をする。ノン=アルコール。最近にしては珍しい。
何かが、ようやく、動き出したかも知れないという予感。
再び怒濤の日々がやってくるのだ。暑さとともに。
19990724(土)
テレビ塔下見の後、少しだけビアガーデンを楽しみ、FOR-7A稽古。
こちらも早めに切り上げて、スタッフの皆さんと一緒に歓談タイム。
個人的になんらかの気分転換というか、リフレッシュの必要性を感じる。
それは今の自分自身を俯瞰で眺めてみるという作業につながっていく。
内にこもっている時間は残念ながらない。
であれば、状況を改善していくにはリフレッシュすることくらいしかないのではないか。
それが精神的な休養になるのだとも思うし。
今の自分自身を常に相対的に観察できる余裕というものは常に必要で、特にしんどかったり時間に余裕のない時は余計に必要になってくる。
それは他者との対話によって実現することでもあったりする。
19990723(金)
とにかく暑い一日であった。
そのせいかもしれないが、非常に消耗した一日でもあった。
カロスの「読み語り古書店・松本堂」に出た後、飯店の稽古、その後FOR-7Aで、息つく暇もない金曜日。しかしながら筋肉的な肉体の部分ではかなり健康の様子である。むしろ問題なのは消化器的健康なのかも知れない。
一日中、汗がじわじわ出てくるのであった。
やはり、自分は暑い地方には住めないだろうと思う。
飯店のリニューアルに関して考える。
どういう方向に考えていくかによるが、とりあえず11月公演終了後を機会に、なんらかの解体と統合を行うのであろうと思われる。
最終目標をどこに定めるかという問題でもあるのかも知れない。
例えば、札幌の演劇の中で天下を取りたいのか、とかね。
19990722(木)
日中、パソコンに向かい脚本を書く。
思いのほか進んだようにみせかけて、かけたエネルギーほど進まず。
その後、FOR-7Aの稽古に行くまでに異様に疲弊している自分に気付く。
だが、それも稽古が始まるとおさまる。
なんだか、そんな感じ。
暑い日が続いているが、あまりやられていない。
むしろ単純な疲労の積み重ねの方がイヤな感じだ。
19990720(火)
疲労が蓄積されている感じ。どうにも身動きがとれない。
故に、休日であることもあり、じっくり休ませてもらう。というか、勝手にじっくりしているだけなんだけど。
それでも日中、休んでいたせいか、夕方からのFOR-7Aの稽古までにはリフレッシュともども、立ち直る。
脚本、ほんの少し前進。こつこつ、こつこつ。
あと一月ほどで、飯店飯店開店から1年になる(9月1日)。
それを機会に----というかおそらく、11月の「STAR
FOLK 外伝」終了からだろうが----リニューアルを考える。具体的なプランはないが、開店から1年が経過して見えてきたこと、まだ見えていないことを整理し、現状の集団形態の存続そのものも射程に入れつつ、前向きな意味での再出発を考えたい。
……って思った、今日。
現実に目を向けた場合、演劇を続けていくことと、特定の演劇集団を持続していくことは必ずしもリンクしていかない部分がある。ヘタをすると矛盾することすらあるかもしれない。殊に、自らがその集団の代表であるときにはそうである。
現状の体制を完全に否定するわけでもなく、また現在進行形の企画に対して後ろ向きなわけではない。しかし、現状を維持することの意味はあまりない。むしろ、たえず原点に戻り、そもそも自分が何をしたいのか、何をしたかったのかを考えるべきなのだ。その上で、今の状態を認識し、いかにすべきかを考えるだけなのである。
19990718(日)
飯店稽古後、ミーティング、その後少しばかり事務作業、で、ミーティングという一日。
異様に消耗してしまう。
稽古でのいい汗が、夜になるといやな汗に変わっていく。
しばし休養を。
ゆえに脚本進まず。
停滞注意報発令である。
19990717(土)
FOR-7A稽古の後、コンカリーニョの感謝祭へいく。
いい雰囲気。なにやらごちゃごちゃとしていて、それでいて妙なエネルギーが渦まいていて。
年に1回しかないのがもったいないけど、年に1回くらいだから逆にいいのかもしれない。
FOR-7A稽古。脚本への別なアプローチを行う。
リーディング部分を立ってやってみる。
なるほど、立ってみると印象はかなり違う。
一つにはリーディング部分に課せられている制約のせいもあるのだろうが、読む作業と演じる作業の相違は、言葉には出来ないが歴然としてある。
当然といえば当然だし、「読む」ということ自体でもかなりのヴァリエーションはあるわけで、一つをとってその差異をもってそれを決定的なものとするわけにはいかないのだが。
それにしても……リーディング部分に出番がない。
ちょいと不安であったりもするのだ。
飯店の脚本、数ページの前進。
亀だな、こりゃ。
19990715(木)
FOR-7A稽古。脚本1ページ増える。
現時点で出されている脚本で、軽く動いてみる。
湿度の高い日々が続く。微妙に寝苦しい。
ひたすらにテレビ塔企画の打ち込みを行う。
やや肩こり。
19990714(水)
妙に疲れる一日だった。
稽古をハシゴしたのもあるけど、なんだろう、昨日の雨チャリか、それとも筋肉痛か?
満天飯店稽古。
脚本の完成と設定資料の作成が急がれる今日この頃、パソコンに向かう時間自体が少ない私、如何お過ごしですか。
FOR-7A稽古。
斉藤さん、お仕事の都合で大幅に遅れ2回ほど読んだくらいで終了。
でも、ちょっと脚本増える。出番も増える。一安心。
豊拓レベルの使い勝手でも、ああいう稽古場があるとやはり便利なのだ。
とりあえず来年の春以降には……と考えているが。
確かに小学校の学校開放は経済的だし、ある意味効率のよい稽古さえ出来れば、余計な時間を消費することもないかも知れない。だが、しかし、この余計な時間が必要な場合も結構あるのだ。
つまりは稽古は効率よく、これは原則であって、でもその前後の余計な時間が欲しいということなのだろう。
だらだらただ長く稽古をすることほど意味のないものはない。
むしろ体を休めたりリフレッシュしたりすることの方が重要であったりするのだ。
まぁ、それも時と場合によるのだけど。
19990713(火)
雨の中、自転車で走る。
この時期の雨チャリは悪くない。
FOR-7A、本日は教育文化会館リハーサル室にて公開稽古。
思っていたよりも多くの方に来ていただいた。
なんだか不思議。
「おてだま」面白い。多分、FOR-7Aではもうしないだろうけど、今度してみよう。
稽古場としてはむちゃくちゃ広い場所での稽古。きっと嬉しくてはしゃいでしまったのだろう。
すでに筋肉痛の兆しが……
いかに普段、体を使っていないかがモロ露呈されてしまうな。これでは。
日中はテレビ塔企画へ向けて打ち込みの作業。
おそらく「朗読」全体で1時間はかかるまい。せいぜい50分程度かな。
明日は満天飯店の稽古。
おそらく脚本も印刷されているであろう。といっても4割程度なのだが……
やはり、今日も「がんばれ、オレ」でしめるしかなのかな。
19990712(月)
ナンデンカンデン稽古忘れて、別の用事に出かける。
あとで、スケジュールを確認してみたらちゃんとあるじゃないか。
月曜日13:00から……
そうでなくてもナンデンカンデンの稽古には参加できる日が限られているというのに……
まったく、しょうもないやつだ。
FOR-7A稽古。
今回8月「RAGOUT」に参加の役者がそろう。
脚本も増える。
ふむ。6月と7月で積み重ねられてきたことの結果としての8月があるのだ。
時間は少ないが、それでも新しい試みが可能なのだ。
努力とか頑張るという言葉は個人的には嫌いな部類の言葉なのだが、それでも多用している自分に気が付く。でも、それはもしかしたら、そうしていない自分がいるからなのだろう。もしも、「努力」している自分がそこにあるのであれば、そういう言葉は出ないはずなのだ。
……それでも「がんばれ、オレ」という言葉は好きだったりもする。
19990711(日)
顔合わせ&飲み会。
今回関わる人たち全員の参加は準備段階の遅れでできなかったが、それでもおおかたのメンバーが顔を合わせる。
そして、飲み会。
なんだか精神的にも肉体的にもハードな1日だった。
でも、とりあえず一段落。
これからスタートなのだという新鮮な気持ちと同時に、早く早く脚本を仕上げなければというプレッシャーが本格的に重くなってくる。
書くための時間の確保と、肉体的・精神的余裕の確保が病人テシロギには必要なのだろう。
19990708(木)
久しぶりにニホンザルを観察する。
チンパンジーもいいけど、コチャコチャいるニホンザルに面白みを感じる。
おそらく、何の用事もなければ、いつまでも見続けているのかもしれない。
なんとなく個人的にサル・ブームな今日この頃。
FOR-7A稽古というか精算会。
そう、FOR-7Aの稽古場日誌の担当が終了したのでこれからはこっちに書くのだ。
あるいは8月へ向けての気合い入れといった感じか。
作品やそのやっている集団の意図にもよるが、今度の8月は観てもらってナンボなのだということの確認。
券売だよ、券売。
役者としての能力と券売は正比例の関係であるとは思わないけれども、しかしながら今の状況では、役者個人がコツコツとチケットを売っていくのが確実な集客方法なのだ。それしかないわけでは決して、ない。でも、現実的にはそれが効果的であるということは身をもって知っているのだ。
あとは、作品でそれに見合った、それ以上のフォローができればいいのだ。単純な話。
19990707(水)
脚本を書く際に、最近とっている方法は、一度ノートに書いておいて、それをパソコンに打ち込んでいくというやり方である。いわば下書きと清書の関係にあたる。
確かに手間はかかるが、少なくとも1回校正の作業を行えるところがいいのか悪いのか……
基本的には昼間ノートに書いて、夜はパソコンに向かうというパターンなのだが、どうにも昼間の作業がとどこおってしまう。
必ず4時〜5時にかけて激しい睡魔に襲われるし。
今日も大学のにぎやかな食堂で書いていたのだが、不覚にもよだれを垂らして寝てしまった。
そんなこんなで数ページ進んだだけ。
11日に間に合うのか微妙なところだ。
ひとまず、明日中にできあがったものだけでも形にしておくか。
うーむ。
19990706(火)
オモテ同様、こちらもさぼりまくって気が付くと7月。
予想通り脚本1次稿上がらず。
FOR-7Aの稽古のない今の時期にやっつけてしまうべく、シコシコ書いている途中である。
舞台塾ミーティングに参加。
結局一言の発言もしなかったが、勿論何も意見がないわけではないのだ。
ただ、ほとんど蚊帳の外状態に置かれている立場の人間としてはまず状況の把握というか、情報の収集が第一ということなのかな。
今の時点で今年の舞台塾云々に関しては、すでに動き始めている部分でもあり、なんともどういう立場での関わりをしようかと考えるのである。満天飯店としてではなく、個人手代木として。
だが、今年参加しての実感としては、若い20代の人間が運営に関して積極的かつ主体的に参加できるような状況ではなかった。事務局にいた劇作家協会の人々を見ていて感じたのだが、実際の実働で現場で動いている人間は若い。劇作家協会の方での内実がどうであろうと、似たような状況を札幌でも作れないワケはないような気がするのだ。勿論、若い人間だけが先頭に立って活躍すればいいというのではない。しかしながら、このような大きな企画でもあり、また税金を投入するものでもあり、さらにそこから社会になんらかのインパクトを与えていこうとするならば、それほど多くはない札幌の演劇人を総動員するくらいの意気込みでなければ、ただのお役所企画になってしまうのではないだろうかと危惧するのだ。そして、それをお役所に求めるのはある意味「酷」というべきなのかもしれないのだ。
もし、自分が金を出す立場なのだとしたら……ある程度分かりやすく見えやすい組織であるとこを望むだろう。中小のこちゃこちゃした集団まで目をかけている暇はさすがにない。であるならば、こちらから分かりやすい形を提示していく方向しかないのではないかと考えるのだ。
実際に機能しうる実働組織としての演劇関係者のネットワークを構築していくことは不可能なのであろうか。いや、似たようなものはきっとあちこちにあるのだ。ただ、僕が知らないだけなのだ、きっと。しかし、舞台塾という冠がなくても、ことあらば動けるネットワークがあれば、さぞかし楽しい状況になるんじゃないかなと夢想する今日この頃。
うーむ。舌足らずな自分にふがいなさを感じるな。