雑記
1999年9月分
19990930(木)
時代は世紀末。
何が起こるか分からないというのは結局、集団的な妄想ではあろうが、それでも「何か」が起きてしまう。
それがさらなる妄想となっていく。
ある意味では地球規模でのヒステリー状態である。
しかし、世紀末妄想を支える思想の根元は「キリストは神である」という信念だ。
そういう意味では日本人がむやみやたらに世紀末騒ぎをするのは、ある意味歪んだクリスマス騒ぎに似て、ちゃんちゃら可笑しいところではある。
まぁ、時代の流れを見てみるに、様々な無理のツケが回ってきている状況であることは否めないであろうが。
我々は次の世代に借金しか残せないのであろうか。
少なくとも、今のところはそうなのだ。
それでもバカ芝居はあくまでも脳天気にバカバカしくお祭り騒ぎで。
今、我々にできることは娯楽の提供なのであるから。
それも、良質の。
19990929(水)
体調など悪く、昨日の稽古休む。
かなりまとまった休みが必要なのかもしれない。
肉体的にも精神的にも。
もっとも、そういうわけにはいかないのだから、これは仕方のないことでもあるのだが。
「マトリックス」観る
電脳ドラゴンボールと呼ばせてもらおう。
面白し。
対立構図は昔ながらの人間対機械で、それほど目新しいと感じられるのものはないのだが、むしろ表現のおもしろさなのであろう。
満足満足。
明日の稽古には復帰しよう。
というか明日以降の休みはない。
それでも10月は何とか3本芝居を見よう。
これがぎりぎり観られるスケジュールであったりする。
19990928(火)
おや、一週間も何も書いていなかったのね。
昨日とおとついはライブ終了後の完全停電だったとして、
それ以前は書きたくても書けない状況であったのだ。
パソコンの前には座ってはいたものの、ひたすらにCD-Rと格闘していたのである。
おかげで買ったばかりのCD-Rがフル稼働。
新たにSCSIも購入。
徐々にオリジナルではなくなっていく僕のパソコン。
そもそもハードディスクはオリジナルではないしな。
本日より復帰……予定。
とりあえず日常的な作業からのアプローチ。
しかし、今週中に何とかしたい作業が山積み。
今日から稽古も再開。
うかうかもしていられないのだ。
舞台において私は何を観るのか。
それはギリギリの所から出てくる物語性であろうと思った。
期せずして物語ってしまう肉体は最強だ。
最強の肉体は日々の鍛錬と研ぎ澄まされた集中力から生まれてくる。
その段階を経て、初めて物語は立ち上がる。
舞台は虚構である。嘘である。
だが、その嘘に真実を観てしまうのが舞台だ。
いや、真実が見えてしまうのだ。
それは最強の肉体においてのみ可能なのである。
最強の肉体とは激しい運動に耐えられる肉体ということではない。
その肉体の存在が何かを物語ってしまうような、そんな肉体である。
では、コトバは……?
まずは肉体が発する音声であるというところから立ち上げるということなのか。
19990921(火)
起きてから稽古まで作業をしようと思っていたら、途中ふいに眠くなる。
あやうく寝過ごすところであった。
それにしても今のペースでSFのページを作成していったら膨大な量になってしまうことが判明。
風呂敷を広げすぎたか。
まぁ、毎日少しずつ更新していくことにしよう。
体調は良くもなく悪くもなく。
腰痛と地味な腹痛にちょっと眉をしかめる程度。
食事と薬を真面目に守ることでとりあえずライブはクリアしたい。
あとは肩こりか。
寒くなるとこれがつらかったりするときもある。
それにしてもエレンタールはホットに出来ないものなのか。
あるいは固形化とか。
どうにも夏にはいいのだが、冬向きの栄養剤ではないな。
QOLせめても、それくらいは。
頼むよ、味の素。
19990920(月)
新たに「STAR FOLK」のページを作成し始める。
もう少し早い段階からスタートしたかったのだが、作成のための時間がとれなかったのだ。
いや、今でも十分な時間があるわけではない。
とりあえず、中身の決まらないままタイトルでスタートの状態である。
もう、掛け持ちどころの騒ぎではないわけだ。
自制することも覚える必要がある。
でも、その一方で突っ走るしかないと確信している自分もいるのである。
本当は突っ走っておいて、必要なものを見ないようにしているという状況でもあるのだが……
具体的には卒論であったりもするわけだ。
どうせ最後なんだから卒業しようと出されようと変わらない感じもするのだが、意外とその違いは大きいのである。
今は、しかし、そのための時間はSFに捧げるのである。
あるいは芝居に。
……忘れようとしていたことを思い出してしまった。
19990919(日)
午前中、作業。
午後稽古に出て、それからCD-Rを買う。
とりあえず、飯店CD量産体制を作る。
なんだかんだとパソコン周辺機器が増えてゆく。
かけた分はとりかえすつもりで。
だが、何をもって?
まずはひたすらに細かい作業をクリアしていくことか。
それから、なんとなく次の脚本を考えつつも、稽古場に向かうことか。
それから、そのウラでは大学のことも考えるとかとか。
まずは、6月に作って取りにも行っていない眼鏡を取りに行くことかもしれない。
それから、時間を見つけて映画を見に行こう。
少しずつ、少しずつ。
代ゼミの思想はここまではびこるということなのである。
19990918(土)
のんびり、というかダラダラというか、日中はそんな感じ。
午後から少しずつ、肉体的にも精神的にもエネルギーがたまってくる。
いい兆候かもしれない。
少なくとも月曜日からはまともに動けそうだ。
本も読まず、映画も見ず、今は稽古場に通うだけの数日間。
ある意味、公演のことだけを考えて日々を送っている。
それはそれでいいのかもしれないが、少し冷静になってみるのも、あるいは忘れてみるのも手かもしれない。
忘れてみたはいいものの、ふとしたスキに思い出してしまうのはそれはそれで、悲しい気分でもある。
だが、一点集中は時に何も見えなくさせてしまう。
それはそれ、一夏の思い出でもいいのだけど、それだけでは終わらないのだから、そこは一歩引いてみないといけないのだろう。
19990917(金)
気が付くと更新していない。
記憶も定かではない。
飯店稽古。
ようやく全員そろうことで、心は落ち着く。
問題は明確になる。
だが、今週いっぱいはお休みモードとしておこう。
それは自己防衛本能でもある。
週を新たにして、気持ちも新たに動き出そう。
今は、停電。
しばらくは吐き出すことを中断すること。
そして、それを記録すること。
19990915(水)
しばし、ゆるりと。
リラックスとリフレッシュ。
問われるのはそれからだ。
状況の整理を。
それから目の前の作業を一つずつ片づけること。
時間を見つけて病院へも行くこと。
今週も1回くらいは顔を出しておかねば。
うむ。
おそらく、ダラダラすること。
集中的に、ダラダラと。
空腹と、満腹には注意が必要だ。
ある一定のバランスの中に自分を置くことが、消化器の助けにもなる。
必要のない無理はしないことが肝要だ。
19990914(火)
ここ数日、なかなか更新のためにエネルギーをかける余裕がない。
それでも、なにかしらのアウトプットの必要性を感じている。
それは僕自身をなにかしら支える必然性である。
今は、とりあえず、どうにかここに書いている程度ではあるけれども。
そして、それでも書き続けるのだ。
ライブへ向けてのテキストがようやく書き上がる。
集中的に早く早く。
本編の脚本を書く際に必要だったスピードがここでは、かろうじて発揮されている。
おそらく、今回の芝居はスピード感なのだ。
それが作業にも影響してこなければならない。
冷静に、客観的に、しかし、スピード感とバカバカしさをキープしつつ。
19990912(日)
実家へ帰省したり、なんだりで、何となく間があいてしまった。
とはいえ、それほどの休養にはならず。
もっと、まとまった時間が必要かもしれない。
肉体的なリフレッシュと、精神的なリフレッシュ、今はどちらも必要とされている。
おそらく役者で立つのであれば、ある意味でのカタストロフィはあるのだろう。
どうにも演出というポジションはそこら辺の開放がない位置にあるようだ。
リフレッシュではなくて、「まぎらす」方向にいってしまうのである。
それもいたしかたなし、か。
「論理」ページリニューアルを考えているが、いっこうに手を着ける暇はなし。
いや、時間はあるのだ、ないのは暇だ。
そのための時間は休息に使いたい。
なにせ病持ちである。
少なくとも11月終了まではブッ倒れるわけにはいかない。
はやる気持ちを抑えてでも休むことが僕の仕事でもある。
忘れるべからず。
19990909(木)
という日付けにも関わらず、ひたすらにパソコンに向かうのであった。
間に稽古を挟んでカチャカチャ。
その間、自宅で吸ったタバコの本数、2本。
集中モードに入っていたのであろうか。
さすがに肩に来る。
明日、実家へ。
お盆にも行けなかったからやっとだ。
しばし、休日?
19990908(水)
病院へ行く。
検査結果はなかなかOK。
あとは持続が問題だ。
いかにしていじめつつ、休ませるか。
我慢をする努力と、息抜きの自制がポイントとなる。
3年。
この状況を続けること。
何度目かのリセットである。
いくしかないだろう。
そのあとはダブルでMT。
さすがにエネルギーを使う。
人数が多い集団をいかに効率よく回転させてもり立てていくのか。
代表としての何かが試されているのかもしれない。
試すがいいさ。
なんとかするさ。
19990907(火)
ある意味ではいつもと変わらない日なのである。
日中はなにかしら、パソコンに向かい作業。
夜は稽古。
新鮮であること、また、そのための方法論を獲得すること。
それは日常の活動においては特に必要なことである。
リフレッシュには何かと失敗してしまうのだ。
ここらで、何か。
いや、まずはコツコツと作業量をこなすことか。
19990906(月)
前日、前々日と深夜の作業が続いたので、なんとなくボーッと過ごす。
作業は進まず。
それにしても久しぶりに何もない日であったのだ。
もう少し有効利用すべきであったかもしれない。
まぁ、いいさ。
また明日から作業がある。
どこかで、欠乏しているインプットを補う必要性がある。
映画を見るなり、本を読むなり。
19990904(土)
前日は「リベンジ」。
余韻に浸る間もなく、日中からミーティング&稽古。
進んではいる。
ただ、演出というポジションは心配性なのだ。
稽古後、ラグリグラへ。
スマロケの打ち上げに参加する。
新しい出会い、新しい会話。
人と話すのが苦手な人間は、やはり寡黙でいるのが素直でよろしい。
だから、そうするべきなのだ、本当は。
無闇な努力はむしろ「毒」ですらある。
その後、チラシ作成の作業。
ワーカホリックなのか、いい加減なのか自分が分からなくなるときがある。
きっと、どっちもなのだ。
あるいは、それが自分の作品を行うということなのか。
「FOR-7A」拾遺を書こうとするが、挫折する。
19990902(木)
激痛デイズから1週間。
ようやく、なんとか調子をとり戻す様な気がする。
しかし、一度激痛モードに入ったら、はやりその回復には時間がかかるのだ。
良くなるにはコツコツとした努力が必要だが、悪くなるのはあっという間だ。
日中は家でカチャカチャ作業をする。
自分でも意外なことに日中はマジメに作業をするものだ。
しかし、金にはならないんだけど。
「リベンジ」稽古。
考えてみれば似たようなメンバーで6,7,8月とやってきたのだ。
毎月、何かやってる計算になるのだな。
その割には精神的疲労を感じないのは不思議だ。
それだけ充実しているということか。
あるいは、それだけ何も考えていないということか。
何はとりあえず、明日は本番である。
気合いを入れて、かつ肩の力を抜いて。
19990901(水)
気が付くと9月。
怒濤の8月の次はおそらく地道にコツコツの9月になるのかな。
違うな。
やはり来るのは怒濤だ。
まずは3日のスマロケ、25日のライブ。
「リベンジ」稽古もあと1回。
なんだか、名残惜しい。
それは即興への名残惜しさかもしれないし、あるいは別のものかもしれない。
なんだかんだと半年がたっているわけだから。
でも、このゆるやかなつながりは、いいな。
一方では、もっとしっかりとつながりたいのだけど。