L/W 雑記


2003年7月24日(木)

明日退院。
プレドニンは土曜から12.5mgになる。
ここまでは順調だ。


2003年7月21日(月)

外泊から戻る。
明日で5週間。
今回はそれでも短い方だ。
いちおう今週末に退院となっているが、それは終了ではなく、ようやく始まることを意味するのはいつもの通り。
特にこの1年間はとどまっていることが多かったから、これからは少しだけずつ前に進むことを考えたい。
主治医から次は手術かも知れないと言われたこともあるし、ビビる気持ちもあるけれども、問題は立ち止まっていても状況は変わらないところにある。
少なくとも立ち止まれるだけの状況を作り出したいだけなのだけれど、なかなかなかなか。


2003年7月18日(金)

携帯の文字入力の際は左の親指を使うのだが、どうやら右を使う人の方が多いようだ。
最初から左を使っているからあらためて右にするつもりはないし、意味もない。
携帯メールは左利きというだけの話だ。
箸もボールも右なのだが、子供の頃は左だったらしい。
妹や弟もそうだった。
いつの間にか直されて、あっさり右派なんだけれど、気分として左の感覚がかすかに残っている。
ただ、どちらにしても不器用なことには変わりなさそうだ。


2003年7月17日(木)

新棟に引っ越しした。
まさか今回の入院で新棟に入れるなんて思っていなかったから、意外な展開。
旧棟がらんとしている。
こちらはこれから改装になるのだろう。
喫煙スペースが旧棟にしかないから、いちいち出向かなければいけない。
おそらく病棟内は全面禁煙になるのだろう。
時世を考えるなら、外来ロビーの喫煙スペースもあやしいものだ。
食えない上に煙草も駄目となれば次回以降入院するとなれば、かなり苦しいことになりそうだ。
まぁ入院しなきゃいいだけの話なのだが。


2003年7月14日(月)

日月と外泊をしていた。
日頃の鬱憤を晴らすかのようにひたすらに料理を作り続けていたという感想。
料理、というか家庭料理は次なる展開を考えつつ、効率よく食材を利用するあたりが醍醐味のようなところがあって、一通り作って無駄がなく、おいしいというのが理想的だ。
そのためには食事を食べる人達のリズムをとらえることが重要なんだと思う。


2003年7月11日(金)

明後日からプレドニンが20mgになる。
そもそも今回は熱症状だけなので展開も早いのだが20mgまでの道程は今回が最短だ。
毎回このようにはならないのだろうけど、外出や外泊が可能になったらかなり楽にはなる。
しかしこの生活に慣れたら慣れたで、そこから復帰へのエネルギーを喚起するのには若干の苦労もある。
体力的な面はもちろんだが、精神的なモチベーションが半端じゃなく下がっているからだ。
病人であることに甘えてしまうのだ。
そうするのが当然で、むしろそこで無理をするからまた病院送りになるんだという意見もあるのだけど、少しは攻めの姿勢でいかないとズルズル引きずり込まれてしまいそうで怖い。
この不安感を制御しつつ、状況を改善するのがベターなのは理屈では分かるのだが、なかなか身につかないところが悩みの種なのである。
とりあえず、溜め息一つ。


2003年7月10日(木)

罪とは法を犯すことではない。
他者の存在を脅かす行為だ。


2003年7月7日(月)

これまでのことやこれからのことを考えないならば、こうして一人でいるのも悪くない。ただ一人という時間を味わう余裕があるというのは悪くない。
今日はどうも中途半端なやる気であったので「X-MEN」で手を打った。
明日はやや集中して2本観よう。
退院までに50本は無理だろうが、それに近い数まではいけるだろう。
頑張ってノルマをクリアするわけじゃないから、無理に観ることもないのだけど、最近映画を観る回数が減っていただけにこれはチャンスなのだと思う。


2003年7月6日(日)

映画を観ていたら一日が短く感じられるかと思っていたが、どうやら逆らしい。
曜日を確認してなんだかがっかりする。
まだ週末だったのだ。
週末は病院内がややまったりしているせいか、時間の経過が長い。
外来もないし、入退院もないし、手術もない。
ただでさえ澱みがちな時間がさらに澱むのだ。


2003年7月3日(木)

だいたいいつもそうなのだが、入院して2週間くらいから、あらゆることに飽き飽きしてきて駄目になる。
この時期は一通りの検査も終わり、症状も治まっていて、もはやプレドニンを減量するだけという時期であることが多く、ただ病院にいるだけという状態なのだ。
そりゃ欲求不満のボルテージも高まるというものだ。
なぜ、また、どうして、自分は病院のベッドにいるのだろうと思い始めると、あらゆるマイナスの感情がコポコポとわき出てきて、それがなかなか抑えられない。
一日中気晴らしのような毎日だから、あえて気晴らしをしてどうこうということもないし、手は限られている。
精神的なガス欠のようなものだ。


2003年7月1日(火)

7月だ。
今年上半期を振り返るに一体何をしていたんだろうという思いが強い。
焦っているのだ。
焦りようのない状況なのに。
そしてこの焦りをなんとかしない限りまた入退院を繰り返すことになる。
先に進みたいのに進めない。
進もうとすると少なからず無理がかかる。
しかし今のままでは生活すらおぼつかない。
手詰まり感、閉塞感が焦りを助長する。
病気である自分は何者なのか。
いくら自問しても答えは出ない。
答えがないことを知っているにもかかわらず、自問してしまう。
なかなかネガティブな連鎖が起こるのだ。
多くの人達に支えられていることを感じるのだけれど、果たしてそれに対して自分には何があるのか。
考え出すととたんにガランドウな自分を発見することになる。
自分が何者であるかというよりも自分が何をなすべきかが大切なのだと言い聞かせてきたけれども、どうもそれすらも見えなくなりそうになってくる。
あまりいい状態ではないな。
食べたいものが多すぎてわけが分からない。


2003年6月29日(日)

何が嫌だって、考える時間があるのが嫌だ。
正しくは考えているわけではなくて、思考をウロウロしているだけで、否、思考とも呼べない繰り言が漂うだけで。
まるで手も足も出ないというほど切羽詰まっているわけでもないのだが、それでも消灯時間になるとじわじわともやもやした不安が頭の中を漂い始めるのがどうにも困りものだ。
頑張りようもないのだけど、夜のマイナス志向にかまけていてもまるで無益なので、何かしらの策は講じるようにしている。
その一つがこうして雑記を書くという作業だったりする。


2003年6月28日(土)

ほとんど本を読んでいない。
ある意味では欲望のおもむくままに毎日を過ごしているともいえる。
ゲーム欲というものが果たしてあるのかどうかは分からないが、とりあえず飽きていないのだから続けるのだろう。
テレビなんかをぼんやり眺めている暇などないのだ。
次なる展開を目指して色々考えたりもした方がためになるのかもしれないが、入院生活全般に流れるリズムは必ずしもテンションの高いものではない。


2003年6月27日(金)

一日ミニゲームをしていたが、それでもメドは立たない。
そしてまだ飽きていないらしい自分も不思議だ。


2003年6月25日(水)

食べたい欲求は確かにあるが、同じくらいに自分で作って食べたいという欲求もある。
作るのは嫌いじゃない。
多分好きなんだと思う。
妙な向上心があったりして、もっと上手になりたいなんて思ったりもする。
しかしこれも結局は食欲のなせるわざなのかもしれない。
やはり何か執着してしまうのだろう。


2003年6月24日(火)

今晩で24時間点滴は終了。
明日からエレンタール開始だ。
いつもよりペースは早いが経過は順調。
だいたい何も症状が出ていないのだから、ある程度はサクサクと進めないと無駄な時間を費やすだけだ。
まさに戦いはここから始まることになる。
食欲との果てしない戦いだ。


2003年6月23日(月)

そうせねばならぬと頭では理解できるが、そうそう納得できるわけではないし、実行するにはそれなりの忍耐力も必要になる。
最低半年〜一年は食事を摂らずエレンタールのみでいく。
理屈の上では簡単だ。
確かにそうすれば再燃の確率は格段に下がるだろう。
今は爆弾の信管を抜く手段がないのだから徹底的に地下に埋めてしまうという論法だ。
そして選択の余地はない。
これはやはり不条理ではある。
不条理だがそれを受け入れるしか方法がない以上、いかんともしがたい現実でしかないのだ。
ただ現実がそこにあるというそれだけの話。
しかしなんとも憂鬱な話ではないか。
それで「終わり」ならばともかく、それが始まりであり、いつまで続くか分からないのだ。
いまだにそれに慣れることができない。


2003年6月22日(日)

髪がものすごいことになっている。ただでさえ髪がかたく、床屋でも髪を切る時間よりはるかに梳いている時間が長いのだが、いよいよ鬱陶しくなって「切らねば」という段階で入院したものだから、もうなんだか手のつけようがない。
いっそ夏になることだし(いや、今が夏なのか?またしても季節が奪われている)、バリカンで坊主頭にでもしようか。
が、坊主頭は坊主頭で手入れが面倒なのだ。
今は外出もできないから放置するしかないのだけど、うーん、鬱陶しい。


2003年6月21日(土)

まったりはしている。
なにせ点滴をする以外には何もすることがない。
何か症状があるわけでもない。
後は時間を何に使うかだ。
なにせ時間にメリハリがない。
食事が出るならともかく、出るとしてもせいぜいが白米のおにぎり小2ケ。
起きてから寝るまでほぼノンストップで均質な時間が展開(というか停滞だが)されるのだ。
それに乗じてこちらも負けじとノンストップでゲームをやるのもどうかとは思う。
しかしまぁよくも延々と続くルーチンに飽きないものだ。
我ながら感心してしまう。
もっと「有効な」時間の使い方もあるだろうに。
しかし、何に対して「有効」なのか。
今の僕にとって有効なのはここに停滞するのっぺりとした時間以上にのっぺりとしたゲームという時間なのではなかろうか。
小賢しい浅知恵かもしれない。
でも案外これが本能的反応なのかもしれない。


2003年6月20日(金)

点滴痛じゃねぇ、血管痛だ。
昨日入れたのがどうにもこうにも痛くて仕方がないので明け方近くに差し替えてもらった。
今は痛みはなく取りあえず安定中。
左腕の方が痛くなりやすいのかもしれない。
「腕」で思い出した。
子供の頃一時期だけ吃りというかある単語が何故か言えないということがあった。
「カーネーション」が言えなくて「そこの赤い花」と言い換えたりしていたのだが、「手」がどうしても口から出てこないということもありやや吃った言い方で「うで」なんてごまかしたりもしたのだ。
多分幼稚園年長から小学校低学年あたりの時期だったと思う。
いつの間にかそんなことはなくなったのだけど、なんだか妙に心に引っ掛かる時期なのだ。


2003年6月19日(木)

ま、点滴した分だけ出てるんだから健全なる計算式というわけだ。
さてその点滴。
今は腕から点滴をしているわけだが、なにしろ高い濃度の輸液を四六時中流し込んでいるから時に点滴痛が起こる。
個人差はあるが僕の場合効果覿面で早くてその日のうちに始まったりする。
あまりに酷いときは針の入れ直し(針は入れる時だけなんだが)になるのだが、今まで3日ともったためしがない。
楽さ加減でいえばIVHの方がまだましなのだ。
が、今の調子でいけば来週頭には24時間点滴 からは離れられるかもしれない。
何せ際だった症状が高熱だけで、それが治まった今となってはどんと引き上げたプレドニン量を減らすだけになるからだ。
明日の採血の結果でその辺の方向性は見えてくるだろう。


2003年6月18日(水)

蓄尿は一度プラスチックのカップ(500CC)に尿を注ぎ込みそるを専用の容器に移し換えるのである。
点滴のせいだと思いたいのだがとにかく良く出るのだな、おしっこが。
500CCのカップがすぐに満杯になってしまう。


2003年6月17日(火)

高熱が出るのはいちおう兆候はあるものの突然で、ある日「なんだか具合悪いなぁ」と目を覚ますと39度だったりするのが最近のパターン。
座薬で熱を下げてはいるが8時間後きっちり悪寒がして急速に熱が上がるあたり律義としかいいようがない。
また必ずといっていいほどに高熱になるあたり潔ささえ感じる。
明らかに風邪症状ではなく発熱したのでいつもの病院にただいますることになった。
こんなにボンボコ高熱になるのは潰瘍の治った後に膿瘍ができているせいかもしれないのでいくつかの検査はすることになるだろう。
慣れた3階病棟から、4階病棟へ。
4階は外科の患者さんもいてやや雰囲気がちがう。
基本的に内科は長い入院が多いから往々にして雰囲気はまったりとしているのだけど、若干それとは違う雰囲気のようだ。
割とドライな感じ。
状況によっては長引くかもしれないがさすがに今、月単位で入院するわけにもいかない。
今回の初体験は蓄尿。
糖尿の人がやってるアレだ。